English

審査員
トム・アンダーセン


-●審査員のことば

 どんな注意深い観客でもそうだろうが、私も認識を変えるショックを期待している。慣れ親しんだものが見慣れぬものに変化する。それは時に「異化効果」と呼ばれるものなのかも知れない。端的に言えばこういうことである――映画館を出ると、まるでひと雨来て何かが洗い流されたかのように、世界が異なって見える。知っていたはずのものをあらためて認識する、分かり切っていて見えなくなっていたものが見え始める。クシシュトフ・キエシロフスキが指摘したように、当たり前過ぎて語られ得なかったものを語るためには、それを描写しなければならないし、それを語らなければ変えることが出来ない。私が映画を作るのは、何かが正常でないから、何かが私を悩ませるからだ。もしかしたら映画によって私は何かを発見し、皆さんと共有できるかも知れない。友人たち、共犯者たちと。


トム・アンダーセン

トム・アンダーセンは人生の大半をロサンゼルスで過ごしてきた。1960年代には『Melting』(1965)、『Olivia's Place』(1966)や『--- -------』(1967、マルコム・ブロッドウィックとの共同監督)などの短編映画を作り、1974年にはエドワード・マイブリッジの写真家としての仕事に焦点を当てた『Eadweard Muybridge, Zoopraxographer』を制作。同作は2013年にUCLAの映画テレビ・アーカイブによって修復された。1995年には、ノエル・バーチとともに(赤狩り時代の)ハリウッド・ブラックリストの被害者により制作された映画に関する批評的なビデオ作品『Red Hollywood』を完成させる。ふたりの「ブラックリスト」の歴史についての取り組みから、1994年には『Les Communistes de Hollywood: Autre chose que des martyrs』という本も出版された。2003年には、映画のなかに表象されるロサンゼルスをテーマにした約3時間の作品『ロサンゼルスによるロサンゼルス』(2003)を制作。イギリス映画協会発行の月刊誌『Sight & Sound』の批評家投票で、史上ベスト50のドキュメンタリー作品のひとつに選ばれる。2010年には、やはりロサンゼルスを描いた16mm短編『Get Out of the Car』を制作。2012年には、前年にプリツカー賞を受賞したポルトガルの建築家、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの仕事をテーマとしたデジタルビデオ作品『Reconversão』を監督。1987年以降、カリフォルニア芸術大学で教鞭をとっている。



かつて私たちが抱いた思い

The Thoughts that Once We Had

- アメリカ/2015/英語、中国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語ほか/カラー、モノクロ/Blu-ray/108分

監督、製作、提供:トム・アンダーセン
編集:アンドリュー・キム
編集協力:クリスティン・チャン
タイポグラフィ:ルーカス・キグリー

ドゥルーズの大著『シネマ』で展開される概念「情動イメージ」に応答すべく、映画史を問い直す試み。クロースアップ・ショット、スラップスティック・コメディの演技、犯罪映画の暴力描写に代表される、驚きと興奮で人の心を奪う映像と、さらに、核や戦火の惨劇を克明に捉え、人に深い動揺を与える映像の系譜が、無数の映像作品の引用とともに次第に浮き彫りになってゆく。アクションを語る力とカタストロフを伝える力、相容れないように見えるそれらふたつの力が同時に発揮されることはあるのだろうか? アメリカ映画を他と画する一点に向けて、グリフィスからゴダール、カサヴェテス、ペドロ・コスタまで映画史を一気に踏破する。