English

審査員
ジョスリーン・サアブ

*ジョスリーン・サアブ氏は、残念ながら急病のため不参加となりました。

-●審査員のことば

 私は常々、自分のドキュメンタリー作品が山形映画祭に出品されるところを見てみたいと思ってきた。私にとってこの映画祭は、出会いと創造性に満ちた革新的な場所であり、見慣れた型通りの図式とはほど遠い、野心的なドキュメンタリーを提示してくれる場所なのだ。

 ベイルートで映画祭を始めるというのは、運命が望んだことだった。私はこの映画祭に、「文化的抵抗の祭典」という名を与えていた。映画祭が開催されたのは2013年から16年、まさに国内に波及した戦争が猖獗を極めているときである。私たちは(おそらくは、そうと意識することもなく)、ここではない別の空間、別の想像世界をスクリーンに呼び入れることで、戦争の傷を癒したかったのだ。こうして私たちは、アジアからやってきた映画作品に助けを求めることになった。そのときのプログラム担当者が、シンガポールの偉大な映画批評家であり、シンガポール国際映画祭の創始者として数々の才能を発掘してきたフィリップ・チアその人である。

 フィリップは私たちの手を取って、彼のセレクションによる、山形映画祭の秘宝ともいうべき、忘れ難いドキュメンタリー作品の数々へと引き入れてくれた。とりわけ、原発事故後の福島に残された馬の救出を描いた詩情あふれる映画のことはよく憶えている。私たちにはこの作品が、芸術や文化といった用語に等置されるのは、もはやその「なすべきこと」ではなく、理解やコミットメントなのだということを、実例として示してくれたように見えたのである。

 一年ほど前、四方田犬彦と出会った私は、日本の偉大な批評家にして文筆家である彼に、自分がどれだけこの素晴らしい映画祭を賛美しているかと打ち明けた。するとどんな魔法が使われたのか、私はいま、この場所で審査員をすることになっている。私にとって、これほど光栄なことはない。

 ありがとう、ヤマガタ。

*「政治と映画」特集、「ジョスリーン・サアブのレバノンそしてベイルート」を参照ください。


ジョスリーン・サアブ

1948年ベイルート生まれ。初の長編ドキュメンタリー『騒乱のレバノン』(1975)で注目され、イラン、西サハラのポリサリオ戦線、ヴェトナムを舞台に作品を発表。レバノン内戦下で制作された「ベイルート三部作」と並行し、フォルカー・シュレンドルフの『Circle of Deceit』(1981)で助監督を務める。代表作に、劇映画デビュー作『Suspended Life』(1985)、レバノンのシネマテーク設立と映画誕生100年を記念して制作された『昔々ベイルートで』(1994)、『Dunia』(2005)。近年は、写真を中心としたインスタレーション、アート・フィルム『What's Going On』(2010)で世界的評価を得ている。さらに、団体組織「文化的抵抗」を立ち上げ、2013年にはレバノン初となるアジア・地中海地域の作品を特集した映画祭、トリポリ国際映画祭のオーガナイザー、キュレーターとなった。



昔々ベイルートで

Once Upon a Time in Beirut: The Story of a Star
Il était une fois Beyrouth, histoire d'une star

- レバノン、フランス、ドイツ/1994/フランス語、アラビア語、英語/カラー、モノクロ/35mm/104分

監督:ジョスリーン・サアブ
脚本:フィリップ・パランゴー、ローラン・パランゴー、ジョスリーン・サアブ
撮影:ロビー・ブレイディ
録音:ピエール・ブービエ=ドナデュー、ジャン=ピエール・デロールム
編集:ドミニク・オーブレイ、イザベル・デデュー
出演:ミシェル・ティヤン、ミールナー・マーカローン、エミール・アカール
製作会社:Balcon Production, France、Hessicher Rundfunk Arte、 Arte Strazbourg、Aleph Production, Beirut

20歳の女性ヤスミンとレイラを主人公に、1910〜70年代のベイルートを舞台にした約300本におよぶ古今東西の映画をリサーチしてフッテージを選び再構成したサアブの代表作。ユーセフ・シャヒーンのラブコメディや、ジャン=ポール・ベルモンド主演のギャング映画。将軍時代のド・ゴールとラクダに乗るブリジット・バルドーの記録映像。それに合わせて流れるセルジュ・ゲンズブールのレゲエ版「ラ・マルセイエーズ」。ダイアン・キートンがイスラエルのスパイを演じるポリティカル・スリラー。“内戦世代”の主人公たちが失われた歴史を求めて映画の中を駆け回ることでベイルートに対する様々なまなざしが詳らかになる。痛烈な批評性と軽やかな娯楽性を兼ね備えた冒険譚。