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インターナショナル・コンペティション



審査員
イグナシオ・アグエロ これが私の好きなやり方2
ディナ・ヨルダノヴァ
ランジャン・パリット イン・カメラ
ジョスリーン・サアブ 昔々ベイルートで
七里圭 DUBHOUSE:物質試行52 | アナザサイド サロメの娘 remix

忘れがたい特別な場所へ

 今年も1,100本を超える多くの作品がインターナショナル・コンペティションに応募された。これを予備選考委員10人で丁寧に視聴し、それぞれの見方で絞り込み、喧々諤々の議論の末、最終的に15本のラインアップへとたどり着く。半年にわたるその作業が終わるころには大きな安堵の気持ちと疲労感に襲われる。そしてぼんやりと、それまで映像で見てきた世界のさまざまな場所に、自分の一部を置き忘れてきたような思いに囚われるのだ。映画とは一種の旅である、とはよく言われることだが、今年のインターナショナル・コンペティションの15本はとりわけ、場所と人との分かちがたい結びつきを示し、かつ見る者をその場所へ強烈に誘う吸引力の高い作品ばかりだ。

 移民や家族離散を扱うピエール=フランソワ・ソーテやフィリップ・ヴィトマンの作品は、それぞれの事情でたどり着いたその場所でかけがえのない生を営む人々の姿を、綿密に計算された画面構成や言葉の往還によって生き生きと見る者の心に立ち上げる。戻ることの難しい祖国シリアへの思いが作品を貫くアルフォーズ・タンジュール、崩壊した家族を健気に支え、かつその軛から脱することのできない少女の心の揺れに丁寧に寄り添うアンナ・ザメツカの作品も、生きる場所をめぐる痛切な闘いの記録である。また、長年蓄積した鬱屈や冒険心がたどり着いたその果てを見つめるエスター・グールドや沙青、チコ・ペレイラ、あるいは私的な場所から映像記録そのものの意味を問いかけるジョアン・モレイラ・サレスの意欲作も必見だ。大阪・泉南アスベスト訴訟の原告を追ったベテラン原一男の新作や、東日本大震災による部落の離散と復活のプロセスに誠実に伴走する我妻和樹の日本作品は、いずれも土地の人々の世界に入りこみ、じっくりと記録した稀有な二本である。

 そして現在、政治・社会状況や価値観が激しく揺れ動く「アメリカ」という場所。ハイチ出身のラウル・ペックによる、米国で今も続く人種差別を著名な作家の視点から見つめ直した話題作、あるいはNYの巨大図書館に集う人々の息遣いから現在のアメリカの空気を切り取るフレデリック・ワイズマンの新作、そして2010年の前作に続き旧米軍基地に起因するフィリピンの環境汚染問題を粘り強く追うジョン・ジャンヴィトの新作。いずれも、多民族からなる超大国が長年抱えてきた理想と現実、その矛盾を、異なる独自の手法で鮮やかに描き出している。一方、そのアメリカで映像教育を受けたアジア出身の若手作家、朱声仄やラーフル・ジャインは、グローバル経済の下で苦闘する母国の同胞の現状を、軽やかに映画芸術へと昇華させている。

 これらどの作品にも、自分の場所でまっとうに生き抜こうと奮闘する人々の姿が真摯に捉えられている。観客の皆様にはぜひ、彼らとともに世界のさまざまな場所へと赴き、忘れがたい特別な時間・空間を体験していただきたい。最後に、このプログラムの運営を支えてくださった多くの方に心からの感謝を。応募者の皆様、予備選考委員各氏、会場運営・字幕・上映に力を貸してくださった皆様、そして長尺の作品が多い今年の映画祭に貴重な一週間を捧げてくださる5名の国際審査員の皆様、すべての方々に厚く御礼申し上げます。

畑あゆみ(プログラム・コーディネーター)