インターナショナル・ コンペティション |
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審査員 |
審査員
呉乙峰(ウー・イフォン)
●審査員のことば
ドキュメンタリーの創作に関して、私はますます困惑し、考えるべき問題はますます多くなる。
ひとつの現場、ひとつの事件、ひとつの時空、ひとつの対象、それらはみな一種の選択である。
私の問題は、以下のようなものだ。いったい主体が客体を選択するのか? あるいは客体が主体を選択するのか? それとも両者には何の関係もなく、あるのは単なる偶然だけなのか?
ドキュメンタリーの創作はいったいどんな魔力をもって私を不断に困惑させるのか?それは私の内在する不満なのか? あるいは何かを変えたり誰かを助けたりできると思っているからなのか? あるいは誰かが拍手でもって自分に欠けている自信を補ってくれるからか? それともこれは一種の宿命なのか?
ひとつのシーン、ひとつのショット、ひとつの音、ひとつの雰囲気、それらはみな選択のうちにある。
私の選択は正しいのか? 私の理性は頼れるのか? 私の感情は頼れるのか? 私の理性は感情を上回っているのか? それとも感情が理性を上回っているのか?
私の撮影対象はカメラの前で選択をしているのか? 彼、彼女は何を選択するのか? 私は何を選択するのか?撮影者と撮影対象との関係は寄り添いあうのか? あるいは相互に斥けあうのか? それとも、その両方なのか?それらは相互の搾取に至っていないのか? では、搾取の定義とは何か?
ひとつのドキュメンタリーの表現、ひとつの思想の提示において、内容が形式を決定するのか? あるいは形式が内容を牽引するのか? 内容が形式に頼るのか? あるいは形式が内容を変えるのか? 私の選択に盲点はないのか?
では何が真実なのか? 何が虚構なのか? 両者の関係はどうなっているのか? 絶対の真実は存在しないのか? では私の見た真実は結局のところ真実なのか、どうなのか? 虚構とは私が見た真実を表現するためのものなのか? それとも私が真実と相対するのを避けるための方法になるものなのか?
ドキュメンタリーは比較が難しい、それゆえ実のところ、これは一種の選択に過ぎない。
1960年、台湾、宜蘭県生まれ。中國文化大學演劇学科卒業。ドキュメンタリー製作者であり社会活動家、現在の台湾の公共メディア運動の先駆者。1988年にドキュメンタリー映画製作集団全景映像工作室を共同設立。代表作にYIDFF '91で上映された『月の子供たち』(1990)、YIDFF '97で上映された『陳才根と隣人たち』(1997)など。また、YIDFF '99の「全景&『CINEMA塾』、映画運動の試み」にも参加。『生命(いのち)』はYIDFF 2003のインターナショナル・コンペティションで上映され優秀賞を受賞した。最新作は『天下第一の家』(YIDFF 2005で上映)。 |
生命(いのち)― 希望の贈り物
Gift of Life生命
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台湾/2003/北京語、台湾語/カラー/ビデオ/148分
監督、製作:呉乙峰(ウー・イフォン)
撮影:楊重鳴(ヤン・ヅォンミン)
編集:林錦慧(リン・ジンホゥイ)
録音:李中旺(リー・チョンワン)
ナレーター: 呉乙峰、劉嘉明(リゥ・ジャーミン)
製作会社:全景伝播基金会
提供:山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー
配給(日本国内):シネマトリックス
1999年9月21日に起きた台湾大震災。土砂にうずもれた震源地近くの九份二山。そこからあてどもなく親族の遺体を探す4組7名の家族たち。被災者家族にとってつらくのしかかってくるのはむしろ震災以降の日々だった。監督は喪失感にとらわれる家族たちが再生に向かう姿を、信頼関係を丹念に築きながら暖かく見守る。震災体験を自分のものとして捉えようとする監督の心情を独自の手法で描き、共感への可能性を模索する。この作品は今回上映する全景の「大歩向前走(前を向いて大きく歩こう)」シリーズの第1本目の作品となった。