インターナショナル・ コンペティション |
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審査員 |
審査員
市岡康子
●審査員のことば
テレビドキュメンタリーの制作に携わらなかったら、ひとと深く触れ合ったり、切り結んだりすることはなかったと思う。時には弾むような喜びが湧き上がり、時には胸が痛くもあったけれど。
わたしが記録してきたのは、市井の普通のひと灯ばかり。舞台がアジア太平洋に広がっても、そこに向かう関心と共感は変わらなかった。東日本大震災にあたって、普通のひとの普通のくらし灯のかけがえのなさを、改めて痛感している。思えば多くのドキュメンタリーが、普通のひと灯のそれぞれの物語や運命を描いている。そしてわたしたちは、その小さな窓を通してより広い世界を視たり、人間とは何かを考えることができる。
今年のインターナショナル・コンペティションのラインアップには、個人的にもさまざまな接点を感じる。インドネシアや雲南などのなじみの場所、民族誌的な視点、ベトナム戦争など自分も同時に生きた時代、オランウータンにさえも北スマトラの森の記憶がよみがえる。審査のお役目は悩み多いことになると思うが、大いに楽しませてもらいます。
市岡康子 1939年、中国長春生まれ。1962年、東京都立大学(現首都大学東京)人文学部卒業後、日本テレビに入社。1964年、テレビ・ドキュメンタリーの草分け的番組である「ノンフィクション劇場」(1962〜68)の制作グループに加わり、そのプロデューサーであった牛山純一氏のもとで番組制作をはじめる。同シリーズの『多知さん一家』(1965)は日本民間放送連盟賞金賞受賞。1972年、牛山氏が主宰する日本映像記録センターの設立に参加。1966年から90年まで放送した「すばらしい世界旅行」ではプロデューサー、ディレクターとして、主にアジア太平洋地域の生活文化を民族誌的な視点から記録、『クラ ― 西太平洋の遠洋航海者』(1971)は、このシリーズを代表する作品となった。また、インドネシアのデア・スダルマンと共同制作した『アスマット』はポポリ・フェスティバル(フィレンツェ、1982)で金獅子賞を、『ギサロ ― 悲しみと火傷』も同フェスティバル(1987)に入賞。2001年から07年まで、立命館アジア太平洋大学の教授としてフィールド調査と映像制作のゼミを指導。ゼミ生が制作した『信仰の灯し火 古要舞・現代に生きる神と人のかたち』は、「地方の時代映像祭2006」で優秀賞を受賞した。 |
クラ ― 西太平洋の遠洋航海者
Kula--Argonauts of the Western Pacific-
日本/1971/日本語/カラー/Blu-ray(SD)/66分
ディレクター:市岡康子
リサーチ:古沢拓、井上全
撮影:影山雅英、西山東男、西田博幸
編集:池田龍三
音響:森本喬雄、木村哲人
作曲:佐藤勝
ナレーター:久米明
プロデューサー:牛山純一
製作:日本テレビ
クラとは、トロブリアンド諸島などニューギニア東海上の島々で行なわれている貝の装飾品の儀礼的な交換のこと。カヌーに乗って航海する男たちが、飾り物を島から島へ、手から手へ引き渡していく。その仕組みや、関連する呪術の儀式などをつぶさに撮影し、マリノフスキーの著作で知られる伝統風習を映像化した、民族誌映画の記念碑的作品である。目的の島へと航海するカヌー船団を空撮した勇壮な映像が忘れがたい。24年間続いた日本テレビ「すばらしい世界旅行」シリーズのひとつ、実に3年がかりの歳月をかけて制作された。