インターナショナル・ コンペティション |
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5頭の象と生きる女
The Woman with the 5 ElephantsDie Frau mit den 5 Elefanten
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スイス、ドイツ/2009/ドイツ語、ロシア語/ カラー、モノクロ/35mm/93分
監督:ヴァディム・イェンドレイコ
撮影:ニールス・ボールブリンカー、ステファン・クティ
編集:ギゼラ・カストロナーリ=イエンシュ
録音:フロリアン・べック
音楽:ダニエル・アルマーダ、マルティン・イアンナコネ
製作:ヘルクリ・ブンディ
製作会社:ミラ・フィルム
配給:ヌール・フィルムズ
www.nourfilms.com
高潔なる知性を鋭い眼差しに宿す老翻訳家。実直に仕事に打ち込む彼女の手には戦争の記憶が深い皺となって刻まれている。ウクライナで生まれ、第二次大戦初期にドイツへと移住し、自ら「5頭の象」と称するドストエフスキーの長編5作の翻訳によって世に知られてからも、自身の過去への問いかけは続いていた。移住後はじめて訪れた故郷への旅の中で、それはウクライナの激動の歴史となって立ち現れる。ひとりの女性が歩んだ半生にひっそりと寄りそう静謐な映像が、文学の力によって高められる人間の尊厳をたおやかに描き出す。
【監督のことば】60年以上にもわたり、スヴェトラナ・ガイヤーは文学作品の翻訳が持つ可能性と限界に取り組んできた。彼女がこの仕事でもっとも情熱を傾けているのは、翻訳による喪失だ。ある言語にはそれを表す言葉があっても、他の言語には存在しないというような、とらえどころのない概念。彼女にとって、それは「翻訳のエロスが発露する」場所だ。未知の世界に足を踏み入れた彼女は、ロシア・ドイツ両国の文化に対する自らの深い造詣を頼りに、新しい言葉の道を見つけなければならない。この創造的なアプローチと新しい形への情熱に、彼女の人柄と仕事がよく現れている。私は初めて会ったときから、そんな彼女にずっと魅了されている。
この女性のことをもっと知りたいという気持ちが、日に日に大きくなっていった。彼女はどんな日常を送っているのか。ドストエフスキーの偉大な作品を翻訳するという仕事や、彼女の言葉に対する鋭い感性についても、興味は尽きなかった。そして、自由について、手段と目的の関係について、ドストエフスキーが発した本質的な問いが、彼女を通じて確固とした形と生命を獲得する。「私は何者か」。この問いが、ドストエフスキーの作品に登場する人物たちを、内側から突き動かしている。
スヴェトラナ・ガイヤーは、その生涯でスターリン主義と国家社会主義を経験している。故郷ウクライナを離れ、ついにヨーロッパのまったく違う場所に辿り着いた。この映画のプロジェクトを進める過程で、時代の波に翻弄されて自分の道を切り開いていった人物を見つめながら、私は自分が再び移民の運命という問題と向き合っていることに気がついた。これは私がくり返し扱っているテーマだ。その裏には、私自身が抱えるアイデンティティの問題が隠されている。
そう、ドストエフスキーの登場人物たちを突き動かす問題は私の中にもあり、だからこそ私は、この女性に出会い、彼女の人生を知ることになったのだろう。
ヴァディム・イェンドレイコ 1965年、ドイツ生まれ。スイスで育つ。83年から、映画や舞台作品で助監督、撮影や編集のアシスタントとして働く。86年から監督、エグゼクティブプロデューサー、プロデューサーとしてドキュメンタリー映画の制作に携わる。2002年、ヘルクリ・ブンディと共同で映画制作会社ミラ・フィルムを設立。社の基本原則は、「我々の制作する映画は全て、我々の地平を広げ、我々の物の見方を変え、そしてその結果として我々の人生を変えなければならない」。その作品は世界数カ国で配給され、国内外で数々の賞を受賞。ヨーロッパ映画アカデミー会員。主な作品に『Bashkim』(2002)、『Transit-Zürich Flughafen』(2003)、『Leistung am Limit』(2004)、『The Singing City』(2010)。 |