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アジア千波万波 特別招待作品 審査員 |
されど、レバノン
This is LebanonHayda Lubnan
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レバノン/2008/アラビア語、フランス語/カラー/ビデオ/58分
監督:エリアーン・ラヘブ
撮影:エミール・スレイラーティ、ジョセリーン・アビー・ガブリエール、 サルマド・ルワイス
編集:ニザール・ハサン、エリアーン・ラヘブ
録音:ゼイナ・ソフェイル
製作:ニザール・ハサン
製作会社、提供:イタール・プロダクション www.itarproductions.com
紛争が絶え間なく続くレバノンでは、宗派(政党)に関わらず、誰もが傷つき、愛する人を奪われてきた。2006年8月のベイルート。20日間以上、イスラエル軍の爆撃が続く中、30代の監督や友人たち、その親たちの平和を求める思いと行動が行き違う。キリスト教マロン派である監督は、一家や友人たちを映画制作に巻き込み、「これがレバノンなのだ」というあきらめにも似た混沌とした日常を生きる個人の本音をさらけ出す。
【監督のことば】 レバノンのような宗派主義の国では、人々はそれぞれの宗派のアイデンティティをもって生まれ、育てられ、形成されていく。私はベイルートで、キリスト教マロン派の家庭に生まれ、その宗教的帰属が、幼いころから自分のアイデンティティとなってきた。私の父はレバノン内戦の間、私たち家族を連れてキリスト教徒ばかりが住む山間部へと移った。父は、そこなら宗派間の虐殺から逃れられると考えたのだ。そこでは私たちは直接、宗派間の争いに巻き込まれることはなかったが、狂信的なキリスト教民兵(レバノン軍団)に“保護”されることとなった。彼らは、イエス・キリストの名において、“キリスト教徒のコミュニティを守る”というスローガンの下、イスラム教徒、パレスティナ人、シリア人、および自分たち以外のキリスト教徒がもたらす悪について、私たちを洗脳した。
私は、内戦後の1990年から2005年の15年間で、宗派主義が、いかに人を破壊し、いかに相互理解と社会正義に対して障壁を築くものなのかを悟った。それは、私の身の周りでも起きている。私の両親、伯父たち、姉妹たちは、キリスト教徒というアイデンティティの中に自分を閉じ込めて孤立し、現在に至るまで、少数派の運命論者として行動し、おびえている。
レバノンは、2005年2月14日から戦争寸前の状態にある。非常に緊迫した情勢で、それぞれのコミュニティ内での宗派抗争がますます激しくなり、私は新たな内戦が起こるのではと懸念している。
映画は人と人とが向き合うための媒体であり、また、対話を開くものだと信じている。だから私の個人的な経験と環境に基づいて、宗派に属さない若い登場人物たちが、自分たちの生い立ち、社会、国に立ち向かう姿を描き、宗派主義に挑む映画を作ることに決めた。この映画が、真の変化をもたらすことを願っている。
エリアーン・ラヘブ 1972年、レバノン生まれ。1994年にベイルートのサン・ジョセフ大学の舞台・視聴覚研究所(IESAV)で、視聴覚研究の学位を取得。2本の短編劇映画『The Last Screening』(1995)、『Meeting』(1996)、3本のドキュメンタリー 『So Near, Yet So Far』(2002)、アル・アラビアTVで放映された『Suicide』(2002)、ARTE/ZDFで放映された『されど、レバノン』(2008)を監督。映画関係の芸術家組合、ベイルートDCの設立者の1人で、2001年からはアラブ映画祭シネマ・デイズ・オブ・ベイルートの芸術ディレクターを務める。2002年からIESAVで、ドキュメンタリー映画のクラスを教えている。 |