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  • 審査員
    呉文光


    -●審査員のことば

     山形国際ドキュメンタリー映画祭は、私にとって「家」のような場所です。なぜなら、山形国際ドキュメンタリー映画祭は、私の第一作が初めて参加した国際ドキュメンタリー映画祭であり(1991年)、私のドキュメンタリーが最も多く上映された映画祭であり(計4作)、私の作品『私の紅衛兵時代』に1993年のアジア・プログラムで小川紳介賞を与えてくださった映画祭だからです。これらすべてを、私は自らのドキュメンタリー制作における最高の栄誉と受け止めています。正統な教育機関で映画や芸術を学んだことのなかった私は、1991年に初監督作『流浪北京:最後の夢想家たち』で山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加したときに初めて、作品を観て人びとと交流することを通して、ドキュメンタリーを知り、学んだのです。何よりも重要だったのは、中国へ戻りドキュメンタリーを作り続けるとき、私はもう孤独ではないと感じることができたことでした。1991年に初めて山形を訪れてから18年後に、審査員として再びこの場所に帰ることを私はただ光栄に感じています。


    1956年、中国雲南省生まれ。中国インディペンデント・ドキュメンタリー運動のパイオニア。自らドキュメンタリーを作るだけでなく、海外の映画祭などで得た知識と情報を中国国内に啓蒙する出版物の発行や、ワークショップや上映会の組織を通し、15年来ドキュメンタリー運動を牽引してきた。ダンサー・振付家で連れ合いの文慧氏との共同企画で'94年より舞台の制作や演技にも深く関わり、海外公演も多い。近年は自分の仕事場を拠点に、若者や農民らのビデオ制作を支援する活動に専念している。2005年に草場地ワークステーションを設立。2006年には国連プロジェクト 「村民自治ビデオワークショップ」をプロデュース。作品に『流浪北京』(1990、YIDFF '91)、YIDFF '93で小川紳介賞を受賞した『私の紅衛兵時代』(1993)、『四海我家』(1995、YIDFF '95)、パフォーマンス・アートを記録した『出稼ぎ労働者と踊る』(2001)など。


    ファック・シネマ

    Fuck Cinema
    操他妈电影

    - 中国/2005/北京語/カラー/ビデオ/160分

    監督、撮影、編集:呉文光(ウー・ウェンガン)
    ポスト・プロダクション助手:蘇明(スー・ミン)、裴延豊(ペイ・イェンフォン)
    製作会社・提供:呉紀録片工作室

    北京電影学院の受験に失敗し、故郷に帰りそびれた男。一文無しの野宿生活の身で、自伝的なオリジナル脚本を誰かれかまわず売り込む彼を、呉文光が執拗に撮影する。被写体となった彼は自分の物語(ストーリー)を伝えるメディアを獲得したのか? それとも見世物として搾取されているのか? 素人女性のオーディション風景や海賊版DVD売りの日常も織りこみながら、シネマの原罪と魔力を考察する。『綿打ち職人』(YIDFF '99)の朱伝明(ジュー・チュアンミン)や『瘋狂英語』(YIDFF '99)の張元(チャン・ユアン)など、山形にゆかりある監督たちも登場。