5. 映写
荒田正一(シネマトグラファー代表)
DB:近年変容するソフトに対応するかたちで、ハードである映写機はどう変わっているのでしょうか。又、現在のシアターの上映設備や観客空間は、どう変わっていくと思われますか。
荒田正一(以下AS):35ミリフィルムの場合、この5〜10年での明らかなハード面での変化は、やはり映画音声再生のデジタル化でしょう。ソフト面では、従来のアナログのサウンドトラックと別にデジタルのサウンドトラックや制御信号をプリントしたフィルムが、標準的に配給されています。現行のほとんどの上映プリントに3種類すべてか、少なくとも2種類のデジタル信号が入っているのはその移行のスピードの速かったこととあわせて驚きです。
ハード的には各々の信号の読み取り装置や、デジタルアナログ変換器、またDTS(デジタルシアターサウンド)の場合CD-ROMプレーヤーなど各々の方式にあわせた機材が必要になりますが、シネマコンプレックスに代表される映画館新設ブームやお客さんの要望の高まりなどから、こちらもなかなかのスピードで普及しています。ただし上映の現場でデジタルのソフトを再生することはあまりなく、映画祭等でのデジタルビデオカメラ素材の上映か、医学に代表される研究発表の場でのパソコンでのスライドショウ位です。
DB:デジタルビデオ作品などを上映する時、映画の画や音とはどう違いますか。
AS:フィルム自体でも、新旧の違い、メーカーによる違いによる画質の差がありますが、ハードの違いによる作品の画質、音質の違いよリは、作家の意図としての違いのほうが明らかに際立ってきますし、むしろそうなるように映写したいと思います。ビデオの黒が浮いてしまう(締まらない)、これはプロジェクターの問題だと思います。ビデオプロジェクターのコントラスト比は通常は200対1くらい、最新でも500対1くらいなので〔明るい部分と暗い部分の比、数が大きいほど「くっきり」映る〕、どうしてもフィルムのように明確なコントラストが出ません。これは現段階では結構決定的な違いかもしれません。ただ、お台場にできたというソニーのビデオシアターで、その辺の弱点がどう克服されているかは興味のあるところですが。
映画祭などでは、フィルムとビデオの素材のちがいを目立たせずに続けて上映するよう心がけています。画面の大きさを変えないこと、明るさをそろえること、機材を目立たなくすること、スクリーンを工夫することでしょうか。8mmフィルムは粒子が粗いため、小さく映したいですから、可能ならば他のフォーマットもその大きさにそろえてやる、映写機も1番明るいものを用意する、なるべく全部映写室から映写する、ビデオプロジェクターのドットを目立たなくするスクリーンを利用する…といったところですが、何かと制限があるのでどれくらいできていることやら。
DB:映写技師として映画の上映は、「やりがいがある」と感じますか。
AS:〔それぞれの〕フォーマットに応じた気の使い方はありますが、最近感じている一番の違いはビデオの融通無げな点です。フィルムの場合、画質、色、コントラストなどはさわりようがないわけです。しかし、ビデオの場合これが上映会場でさわれ、家庭のテレビでできることがおなじようにできるわけです。作品についているカラーバー〔信号の基準を示した指示書〕が必ずしも最良ではないし、逆に作家にスクリーンチェックをお願いしたらとんでもない値のところでOKが出たりして、作家の意図を再現するのはかなり難しいな、という実感をもっています。
DB:現在はフィルムやビデオが物理的に「移動」して上映されますが、いずれ衛星でつながれて上映が行われるようなこともあると思われますか。
AS:ジョージ・ルーカスが『スターウォーズ エピソード1』で行ったと聞いています。医学会では手術手技の研究に衛星を使って海外の手術室からの画像をホールのビデオプロジェクターで見るといったライブデモンストレーションが盛んに行われています。
DB:デジタルメディアはよく「革新的」と言われています。デジタルメディアとフィルムはどういった関係を持っていますか。
AS:フィルムの画像はもともとデジタルじゃないですか。つまり、1こまの画像自体は確かにアナログですが、そのこま自体が連続して映ることで映画になる。こまとこまの切れ目は人間の目が残像としておぎなっているわけで映画はその発生からしてすでにデジタルだったのです。そしてアナログな1こまの画像こそはあらゆるデジタル機器がその画質に近づこうと限りなく粒子を細かくしているものです。今後の本質的なデジタル化というのは保存のためのデータ化という1点ではないでしょうか。映画は生まれながらにして完成しているという感を強くします。
DB:従来のU-maticやベーカムから、デジベータ、CVDやDVDの普及に加え、未だ続くPAL/NTSC/SECAMの違いなど、方式・フォーマットはますます細分化・断片化しています。デジタル技術により、映写の世界でひとつのスタンダードをもつことは可能になると思いますか、またはそのような動きがありますか。
AS:1つというのは難しいし、必要はないと思います。映像表現のなかでフィルムもビデオもCGも1つの道具なわけで、道具はいろいろな種類がたくさんあった方が、表現は多彩になると思います。