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審査員
リム・カーワイ


●審査員のことば

 今でもはっきりと覚えている。大学4年生の私は、就職先もすでに決まり、卒業論文を書くための実験も一段落していた。土曜日のある夜、特に目的もないままに、梅田にある映画館に立ち寄り、オールナイトで映画を観ることにした。そこには、聞いたこともない監督の名前と、見たこともない「ドキュメンタリー映画」と呼ばれる映画の数々があった。不思議なことに、見ているうちにどんどん引き込まれていき、3本を見終わった時には、今まで味わったことのない強烈な衝撃を受けていた。その時観た映画のタイトルは『ゆきゆきて、神軍』(1987)、『極私的エロス』(1974)、『さよならCP』(1972)、監督の名は原一男だった。

 その後、その映画館で小川紳介監督の特集があって、またオールナイトでほぼ全作品を観た。ドキュメンタリー映画をもっと観たい、もっと知りたいという強い欲求に突き動かされた。そして山形国際ドキュメンタリー映画祭という存在を知る機会を得て、いつか絶対ここへ行こうと心の中で誓った。

 大学を卒業してからは東京の通信会社に就職した。2001年の秋に1週間有休を取り、ついに念願の山形映画祭に行くという夢を実現させた。その時、いろいろな所から集まった映画好きの人たちや映画監督とも知り合うことができた。通信会社でサラリーマンをしていた私にとって、山形での出来事は、まったくの別世界のことであり、とても贅沢で貴重な体験であった。その3年後、私は会社を辞めて映画を作ることになったが、今から考えると、もしあの時山形へ行かなかったら、私の人生は全然違う方向に進んでいたかもしれないとつくづく思う。

 これまで私は10本の長編映画を作ってきた。それらはすべて劇映画であった。実は、長編デビューする前、課題としてドキュメンタリー短編映画を作ったことがある。しかしその際、自分がドキュメンタリー映画を撮る才能がないとわかり、そのあと、ドキュメンタリーに手を出さなくなった。今回、自分の人生に影響を与えた山形映画祭で、アジア各国の優れたドキュメンタリー映画を審査するという大役をいただいた。たいへん光栄に感じると同時に、果たして自分がそういう審査する資格があるのかどうか懸念している。しかし、この責任ある役目をいただいた以上、畏怖の念を抱きつつ、私ができうる限りの力を持って、審査させていただこうと思っている。


リム・カーワイ

1973年7月28日生まれ、マレーシア出身。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界を経て北京電影学院監督コースへ入学。卒業後、北京にて『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』(2010)を自主制作し、長編デビュー。大阪、中国、香港、アジア各国、東ヨーロッパなどで映画を製作、国籍や国境にとらわれない創作活動を続ける。『あなたの微笑み』(2022)はドイツの「ニッポンコネクション」でニッポン・ヴィジョンズ審査員賞受賞。最新の2作品、『ディス・マジック・モーメント』『すべて、至る所にある』はそれぞれ今年11月と来年2月に日本で劇場公開予定。



あなたの微笑み

Your Lovely Smile

日本/2022/日本語/カラー/DCP/103分

- 監督、脚本、編集:リム・カーワイ
撮影:古屋幸一
録音:中川究矢、松野泉
音響:松野泉
音楽:渡辺雄司
出演:渡辺紘文、平山ひかる、尚玄、田中泰延
配給:Cinema Drifters

映画祭で数々の受賞を果たした映画監督の渡辺紘文は、次々と作品を世に出していく……はずだった。現実は、映画会社からの依頼もなく、怪しげなオファーを受けてはみたものの脚本は書けない。しかしそこで終わらないのが世界の渡辺だった。何かに突き動かされるかのように、自分の映画を上映してほしいと全国のミニシアターを訪れる。自主映画制作から上映までの道を、個性的なミニシアターを舞台に、ユーモアとファンタジーを交えて描くロード・ムービー。