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審査員
陳界仁(チェン・ジエレン)


-●審査員のことば

 帝国による全域的な管理技術にさらされているこの時代の中で、映像作品を創作するには、私たちは現代における俗講僧〔市井の ために平易に説法した唐代の仏僧〕のようにして、帝国が作り上げたさまざまな幻想を打ち破る脱構築者でなければならない。そして映画制作の実践過程では、現代版地方劇を作るようにして、自動化機器で淘汰される失業労働者を、アルゴリズムに制御される各種非正規雇用者を、AIに取って代わられる非物質労働者を、そして隅に追いやられる異論者たちを、集結させ、シーン/フィールドを構築し創造するだけでなく、彼らを異議を唱える表現者にさせ、あるいはプロとアマチュアが絶えず対話する映像制作チームにさせなければならない。こうして作られる映画は、無声とトーキーの間を行き来するか、もしくは完全に無声映画でもかまわないが、 映画に不完全な描写があれば、出演者であれ積極的な観客であれ、そこに自身の再想像と再描写を加えられるようなものであるべきだ。映画は単なる鑑賞物ではない。同時に事件を生み出し、事件の意味を絶えず広げていく触媒なのである。


陳界仁(チェン・ジエレン)

1960年、台湾・桃園生まれ。創作活動を長年続けるなか、2010年を起点として、世界各地の多くの人びとが企業支配による管理技術の蔓延のために臨時雇いの仕事に追い込まれ、生きている実感を喪失しているという事実に意欲的に焦点を当てるプロジェクトを開始。以来、「グローバルな投獄」あるいは「国内追放」と自ら呼称するこの世界的状況について重ねたそれらの考察をもとに、欲望をそのオルタナティヴな形態によって変容させつつ現実をマーヤー(真実の世界を覆い隠す現象世界)と捉えて幻想を中和することで、蔓延する管理技術がいかにして質的な変化を被りうるかを検討 している。近年の映像作品として、「残響世界」連作や「Her and Her Children」連作などがある。



風が肉体を破壊する

Worn Away
風摧肉身

台湾/2022−2023/中国語、客家語、台湾語/ カラー、モノクロ/DCP/69分

- 監督、脚本:陳界仁(チェン・ジエレン)
撮影:簡銘岐(ジェン・ミンチー)
編集:陳建平(チェン・ジェンピン)
録音:李育智(リー・ユージー)
出演:李正豪(リー・ジョンハオ)、陳月嬌(チェン・ユエジャオ)、陳紹堂(チェン・シャオタン)、蔡繡如(ツァイ・シウルー)、鄭志忠(ジョン・ジーチョン)、許逸亭(シュー・イーティン)
製作:陳介一(チェン・ジエイー)、陳宗錦(チェン・ゾンジン)
製作会社:台湾公共電視、陳界仁工作室
提供:陳界仁工作室

「コーポラトクラシー」と呼ばれる、新自由主義体制下の多国籍企業が社会を統治し人々を苦しめるディストピアを描く。グローバルに活動する「帝国」の支配下で、失業者、精神病患者、社会的信用の低い人、反主流の意見を唱える人は、ますます社会から排除され「生物機能最適化支援プログラム」によって「トランジット・エリア」に到着する。システムによって作り出された迷宮のような空間に閉じ込められ、生物学的実験の消耗品になるのを待つだけの追放者たち。「役立たず」とみなされていた彼らが、次第に内的独白を始め声を発していくことで、現実と「素晴らしい未来」という幻想を解体していく。