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スープとイデオロギー

Soup and Ideology

- 日本、韓国/2021/韓国語、日本語/カラー/DCP/118分

監督、脚本、ナレーション:ヤン ヨンヒ
撮影:加藤孝信
編集:ベクホ・ジェイジェイ
音楽:チョ・ヨンウク
アニメーション原画:こしだ ミカ
アニメーション衣装デザイン:美馬佐安子
製作:荒井カオル
製作会社、提供:株式会社PLACE TO BE
配給:東風

家族を被写体にした作品群の続編ともいえる、母を主役にした私的映画。監督は、済州島の4・3事件を生き抜いた母の半生に向き合い、失われつつある記憶を掬い取ろうと試みる。母は、新しく家族になった娘の夫のために特製スープを作るが、おそらくそれを最も食べさせたいのは、会うことのできない北朝鮮にいる息子たちだろう。本作は、ホームムービーの体裁で軽やかにどこの家庭にもありそうな不協和音を描きつつ、底流にある歴史の残酷さを抉り出す。それは同時に「国家」という不確かな存在について問いを投げかけているようでもある。(KH)



【監督のことば】もうドキュメンタリーを撮ることはないだろうと思い始めていた頃、母がそれまで触れたことのない体験について語り始めた。日本にいる唯一人の家族として負わざるをえない、老いた母に対する責任感に壊れそうになっていた私は、母の言葉を記録するという名目にすがり実家に通った。価値観も性格も真逆で口論が絶えなかった母に対し、私はインタビュアとして接した。母の記憶は韓国の歴史に直結し、彼女が18歳の時に体験した「済州チェジュ4.3」という大きな悲劇を掘り起こすことになってしまった。個人の記憶と大きな歴史の間を行き来する過程は、半島が分断される前に生まれ、「南」を故郷に持ちながらも、「北」を祖国として選んだ背景を顕微鏡で拡大し凝視するような時間だった。

 1948年から起こった「済州4.3」についての私の知識は漠然としたものだった。済州島生まれの父が日本に渡ったのが1942年だったし、母は日本生まれなので、遠い親戚や父の幼馴染の中に犠牲者がいるかも知れない、くらいの認識だった。まさか18歳だった母がその渦中にいたとは……。

 記憶を殺し生きてきた母は、心の奥底にしまい込んだ悪夢を呼び起こしながら、時に苦しそうに、時に開き直ったように話し続けた。初恋については、恥じらいながらも懐かしそうだった。3人の息子たちを北朝鮮に行かせたことについても赤裸々に語ったかと思うと、「あとは頼んだで」と言わんばかりにアルツハイマーを患い、記憶を失っていった。私は話を聞いたのではなく、託されたのだと思うようになった。

 家族を描いたドキュメンタリーを作ろうとカメラを持った日から26年が過ぎ、いつの間にか3部作が出来上がっていた。デビュー作『ディア・ピョンヤン』の最終章とも言える本作。『スープとイデオロギー』というタイトルには、思想や価値観が違っても一緒にご飯を食べよう、殺し合わず共に生きようという思いを込めた。1本の映画が語れる話なんてたかが知れている。それでも、1本の映画が、世界に対する理解や人同士の和解につながると信じたい。私の作品が多くの人々にとってポジティブな触媒になることを願っている。


ヤン ヨンヒ(梁英姫)

大阪生まれ。米国NYニュースクール大学大学院メディア・スタディーズ修士号取得。父親を主人公に家族を描いた『ディア・ピョンヤン』 (2005、YIDFF 2005)は、ベルリン映画祭NETPAC賞、サンダンス映画祭審査員特別賞他受賞。姪の成長を描いた『愛しきソナ』(2009)もベルリン映画祭など多くの映画祭に参加。初の劇映画『かぞくのくに』(2012)はベルリン映画祭CICAE賞ほか受賞。著書にノンフィクション『兄 かぞくのくに』、小説『朝鮮大学校物語』などがある。