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やまがたと映画



時の地層を掘る

 この特集プログラム「やまがたと映画」は、2007年に生まれている。実は、映画祭の運営母体が山形市から民間のNPO法人へと移行したのがこの年だ。行政から独立したことで、当時多くの方々から心配や不安の声が寄せられた。

 そんななかで、「やまがたと映画」をプログラムとして立たせたのはどんな気分からだったろう。実はあまりよく覚えていない。映画祭を支えてきたこの街で、これからもより生き生きと続けていくならば、映画祭の住処である「やまがた」をあらためて映画で捉え直してみよう。世界に触れることと地面を掘ること。それは、実はつながっている。そうした思いは少なからずあったろう。

 「やまがたと映画」は「Film about Yamagata」として始まり、「Film and Yamagata」でもある。近年は山形から発進する作品や映画状況にも目を向け、「Film from Yamagata」として幅を広げている。山形市は、2017年10月29日、ユネスコ創造都市ネットワーク加盟に映画部門で認定されたが、そこに至る流れの源には「やまがたと映画」という視点や感覚があったのは間違いない。

 映画祭とともにある街を味わえたこの30年。そして新しい一歩を踏み出そうとするときに訪れた世界的な異変。オンライン配信による映画祭。これまでヤマガタに来られなかった方々にも作品を届けることができるならばと、幾つかの作品を編んでみた。

 まず、国際映画祭が山形に誕生したことで予想もしなかった映画と人との数々の出会いが生まれることになった。その原風景を記録した『映画の都』を、あらためてお届けしたいと思う。激しく動き始めた世界の諸相を映すドキュメンタリーと各国の作家たちを迎える興奮と混乱と幸福。行政とプロと市民が無我夢中で取り組んだ山形国際ドキュメンタリー映画祭の始まりの生な息吹が映り込んでいる。

 映画祭が始まる遥か前。昭和30年代初頭、山形市役所の広報課の職員たちが、街や村を回って人々の暮らしや表情を撮影してまとめ、ニュース映画として市民に見せるという、「映画の都」 山形を予感させる取り組みをしていた。いまだ山形にテレビ局がない時代。広報課の倉庫から数年前に見つかった驚きの作品群は一見の価値あり。

 前回のYIDFF以降この山形でも、当たり前にあると思っていたものが無くなってしまう状況を目の当たりにしてきた。世界中からYIDFFに参加した多くの人から愛され続けた奇跡のような交流空間「香味庵クラブ」そして「丸八やたら漬」。コロナ禍のなかでの突然の廃業宣言に揺れる人々の思いと言葉を追った新作ドキュメンタリー『丸八やたら漬 Komian』を本邦初公開する。

 同じ時期にコロナを引き金に映画館 鶴岡まちなかキネマが唐突に閉館したことにも大きな衝撃を受けた。現在は、運営母体が変わり、映画館再開に向けての準備が進められている。鶴岡の隣の酒田市で40数年前に大火の火元になり消失しながら、いまだに深い思いを込めて語られる映画館 グリーン・ハウスにまつわる映像証言集『世界一と言われた映画館』を、この機会に、新「鶴岡まちなかキネマ」へのエールを込めて配信する(来春の再開に向け2021年10月15日からテスト上映を開始)。地域と映画(館)との繫がりをあらためて考えたい。

 日本に現存する即身仏の多くが山形県庄内地方に集中的に残っているのをご存知だろうか。主に江戸期、疫病や飢饉に苦しむ衆生を救うべく、土中に埋められて入定した高僧たち。いまも信仰を集める即身仏やそこに関わる人々の思いや儀式などを捉えた『北日本の即身仏』 は、海外の研究者と山形在住の映画監督が出会い、共同することで実現した映像制作であり、貴重な研究成果でもあるだろう。

 さまざまな映像は、我々が立っているこの地面の下にある物語や記録を呼び起こす。

髙橋卓也(プログラム・コーディネーター)