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審査員
ヤンヨンヒ


●審査員のことば

 常々、「ドキュメンタリー監督は人間のクズだ」と言ってきた。

 他人の生活に踏み込み、切り取り、カメラを受け入れてくれた人々が人生を通して獲得した言葉をさも自分の作品のために存在する“セリフ”のように扱いプライバシーをさらす、という暴力的な行為をする人間。それがドキュメンタリー監督だからである。そうやってつくられた作品を集め、鑑賞し、語らい、評価し合うドキュメンタリー映画祭とは、まったくもってクレイジーなイベントに間違いない。

 「映画をつくる」という体のいい言い訳を振りかざし確信犯的に暴力行為を実行してきたドキュメンタリー監督=人間のクズのひとりとしての自覚を持って、だからこそ、その危険な積み重ねの中で信頼関係を築き、見事な作品にまで昇華させた創作者たちと出会うために襟を正そうと思う。

 テクノロジーによって制作過程や上映(配信、放映)手段が多様化したとはいえ、ここに集まるのは映画である。映画であるべきである。映画祭なのだから。

 計り知れない時間とエネルギーを注ぎ込んだ作品たちを前に、「映画とは何だろう、ドキュメンタリー映画とは何だろう」という自問自答が続くであろう。審査員同士の自問自答がぶつかり溶け合って、YIDFF 2023でしか見出せない新しい光を探せると信じている。

 映画の誕生を、ドキュメンタリー映画を愛する人たちとの出会いを、そして何よりも山形国際ドキュメンタリー映画祭のスクリーンで世界中のさまざまな人生と遭遇できる幸せを祝いたい。


ヤンヨンヒ

大阪出身。米国NYニュースクール大学大学院メディア・スタディーズ修士号取得。高校教師、劇団活動、ラジオパーソナリティなどを 経て、TV報道番組を制作。 監督デビュー作『ディア・ピョンヤン』(2005、YIDFF 2005)は、ベルリン国際映画祭、サンダンス映画祭など多数受賞。初の劇映画『かぞくのくに』(2012)は ベルリン国際映画祭CICAE賞、読売文学賞戯曲シナリオ賞など多数受賞。『スープとイデオロギー』(2021、YIDFF 2021)はDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で大賞、毎日映画コンクールでも受賞。著書にノンフィクション『兄 かぞくのくに』、小説『朝鮮大学校物語』、エッセイ『カメラを止めて書きます』などがあり、いずれも日本と韓国で出版されている。現在はシナリオを執筆中。



揺れる心

The Swaying Spirit

日本/1996/日本語/カラー/DCP/30分

- 監督、撮影、ナレーション、企画:ヤンヨンヒ
ポストプロダクション:NHK大阪放送局、ヤンヨンヒ
提供:PLACE TO BE

日本の公立高校に通う在日コリアンたちを取材し、自身のアイデンティティと日本名(通名)と本名の間で揺れる若者たちを記録する。高校卒業を控え、ある女子生徒は全校生徒の前で初めて自らの本名を宣言する。しかし、その後も彼女の心は揺れ続ける。



愛しきソナ(デジタル・リマスター版)

Sona, The Other Myself

韓国、日本/2009/朝鮮語、日本語/カラー/ DCP/82分

- 監督、脚本、撮影、ナレーション:ヤンヨンヒ
編集:ベクホJJ
製作:荒井カオル
製作会社、提供:PLACE TO BE、ヤンヨンヒ
配給:東風

監督の姪で2番目の兄の娘ソナを中心に描きながら、帰国事業により北朝鮮で暮らす兄たちの家族の日常生活を通して、近くて遠いふたつの国で別々に暮らす家族の深い絆を親密に映し出す。