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[フランス]

ベイルートの失われた心と夢

A Lost Heart and Other Dreams of Beirut
Un cœur perdu et autres rêves de Beyrouth

フランス/2023/アラビア語/カラー/ デジタル・ファイル/36分

- 監督、脚本:マーヤ・アブドゥル=マラク
撮影:クレール・マトン
編集:アドリアン・フォシュ
録音:タティアーナ・エルダハダーハ、 ジョセフィーナ・ロドリゲス、 エマニュエル・クロセ
製作:アンヌ=カトリーヌ・ウィット
製作会社、配給:Macalube Films

幻影のように、失ったものたちを語る声がひっそりと聞こえてくる。夢の中でもがく息子を失った父親。今は亡き祖母が語った予知夢の顛末。自分の体が目の前で粉々になっていく悪夢。突如として奪い去られた者たちへ語りかけるように、自身に語り聞かせるように、その人その人に打ち寄せる喪失体験が、ベイルートの景色にふと姿を現し、消えては、また現れる。整備された海岸通り、今にも壁が崩れ落ちてきそうな閑散とした路地、亡くなった者たちの顔が連なる壁画。ここに住まう人たちが営む日常のあちらこちらに、死者の思念が宿る、この街の静寂。(WM)



【監督のことば】本作はベイルートで暮らす3人の住民の夢を通してこの街の今を密に探索してゆく映画である。

 この2年、私はベイルートに住むさまざまな人びとの夢の話を蒐集した。それからこの記録素材をもとに、3人の登場人物を頭に思い浮かべてその人たちの夢を書き留めた。映画では、その夢は現地で撮られたシークエンスにおいて画面の外にあらわれるものであってほしかった。撮影されたシークエンスは切り返しショットのように、それらの夢の反響として機能する。われわれが聴く夢が映っている人びとのものではなくても、そこはあいまいさを保っておきたかった。それらは彼らが見た夢なのかもしれない、と。耳で聴く夢と映された人びとは互いに共鳴しあって、ある集合的な物語を描き出す。その物語には喪失が、戦争とそれに殉じた人たちが、経済と政治の危機が、そしてまたあのおそろしい2020年8月4日のベイルート港爆発事故が宿っている。

 私としてはこの街のひとつの真実を、シンプルで具体的かつ親密な仕方で観客に伝えられたらと思う。死に囲まれているのに生き生きとしていて、煌めいていて荒んでいる、この街の矛盾を見つめる私の感情を分かちあうことができたなら。ここは亡霊の町、今は夢としてのみ存在するゴーストタウンである。


- マーヤ・アブドゥル=マラク

ベイルート生まれのフランス=レバノン人映画監督。近代文学の分野で評価を得ながらフィクション映画のシナリオ監修にも携わり、フランスとレバノンでドキュメンタリーの共同脚本もこれまでに数本手がけている。初のドキュメンタリー作品『In the Land that Is Like You』(2010)は、2010年にペルソナ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞およびフランス国立映画センター優秀賞を獲得。第2作『たむろする男たち』(2015)は数々の映画祭に出品さ れ、YIDFF 2015で小川紳介賞を受賞した。本作『ベイルートの失われた心と夢』は第3作にあたり、2023年度シネマ・デュ・レエルでスペシャル・メンションを受賞した。