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[レバノン、ポルトガル、 ハンガリー]

確かめたい春の出会い

Encounters on an Uncertain Spring
Rencontres d'un printemps incertain

レバノン、ポルトガル、ハンガリー/2022/フランス語/ カラー/DCP/25分

- 監督、編集:タイムール・ブーロス
撮影:ニコラ・ブシェ、タイムール・ブーロス
録音:ジェン・タルナーテ、ニコラ・ブシェ、 タイムール・ブーロス、ゾエ・スレ
製作:Doc Nomads Joint Masters Degree
提供:タイムール・ブーロス

レバノンにいるがん宣告を受けた父のために薬を探す、ポルトガル留学中の青年タイムール。中古のビデオカメラを手に入れ、春の陽光に誘われるように小さな旅をする。港の漁師と釣り人、デモ行進の参加者、小さなコーヒー焙煎所のオーナー、チリ人のダンサー、教会の神父、プラネタリウム学芸員。束の間のまどろみの中で思い返す父のこと。徒然なるままに出会った人々の言葉――日常生活の中にあるそれぞれの哲学――が、マスク越しにもぬくもりとともに伝わってくる。(OM)



【監督のことば】私にはすべてが不確かであるという落ち着かない印象に見舞われた経験が幾度もある。ポルトガルで暮らしつつレバノンの社会的・経済的破綻を遠くから目の当たりにしてしまうと、こうした感情は際立つばかりだった。この不確かさの感覚はおそらく、パンデミックのさなかで多くの人が感じたものでもあったろう。

 あれは2021年のこと、私は父ががんと診断された後、治療薬がベイルートでは入手できないということで、その薬をリスボンで探し始めることとなった。同じ頃、父は私と違って、いつでもある種の平穏さとともに、人生におけるシンプルな喜びの手触りを失くすことなく、生きることの不確かさとうまく付き合えていたことに気づいた。私はまさにこの父の考え方や人間的なやり取りを好む彼の傾向を参考にして人びととの出会いに臨んだのだ。それからまもなく「不確かさ」の語が否応なしに映画的探求の核となり、その薬もまた、この感情に対する秘密の解毒剤のようなものを示す比喩へと結実した。それは、この主題をめぐって人々にカメラを向けて問いかける衝動となってあらわれた。彼らの隣で自分自身を撮ることは、現実を捉える私の感覚に調和と平穏さをさらに投与する手段だったのだ。

 本作は、複数の線をもつ物語でできている、複数の声の映画である。その物語構造は、未知なるものを受け入れるべく構想されたものだ。統一性よりも異種混淆性が、制御よりも自由が優先されたのだ。私が出会う人々のポートレートは、映画の核となるアイデアを中心として一連の同心円を描いているが、また同時に、それぞれを世界へと開かれたひとつひとつの窓とみなすこともできる。私は不確かさという主題に対する自分の姿勢が、直感的で遊び心があり、かつ有機的なものであってほしかった。幸いにも、リスボンの街中をいろいろ遊歩したことで愉快な偶然がいくつも起きてくれたわけだ。

 危機の状況にとりうる対処の仕方はいろいろあるが、これはある仕方で父の対処法を称揚する映画なのである。


- タイムール・ブーロス

ベイルートを拠点とする映画作家。レバノン美術アカデミーで映画演出を学んだのち、エラスムス・ムンドゥス共同修士プログラム「Doc Nomads」プログラムにてドキュメンタリー映画制作の共同修士号を取得し、同制度の優秀学生となる。2021年制作の『Sound of Weariness』は、リスボン国際ドキュメンタリー映画祭でフェルナンデス・ロペス賞(ポルトガル国内で制作された第1作の映画に対する最高賞)、イフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭でシルバー・アイ賞、ブレートベールト短編映画祭で最優秀短編ドキュメンタリー賞をそれぞれ受賞。その他の作品に、『Anything Can Happen Now』(2019)、『それは竜のお話』(2020、YIDFF 2021)、『A Package and a Crane』(2020)がある。現在はレバノン美術アカデミーで教鞭を執る。