受賞作品 審査員コメント
インターナショナル・コンペティション
- 審査員:トム・アンダーセン(審査員長)、ニコラス・エチェバリア、馮艶、牧野貴
総評
私たちは今年の山形で、審査員という大役をおおせつかったことを光栄に思うと同時に、その責務に謙虚に当たらねばならないと、身の引き締まる思いをしています。どれも力強いこれらの映画群を前にして、もっと多くの賞を用意することができたらいいのに、と願ってやみません。今回、賞を差し上げることのできない監督のみなさんに対して慰めの言葉にはならないかもしれませんが、みなさんの作品が決して劣っていたのではないということを、まず最初に申し上げておかなければなりません。私たちはそれらの作品から、フィクションとノンフィクションの作品の区別について考え直す必要があるのではないかということを学びました。今年上映されたほぼ全ての作品はこの区別に問いを投げかけています。しかしながら、そのいずれもドキュメンタリーの欲求、すなわち、真実を追い求めようとする思いそのものに命を吹き込まれたものばかりでした。真実というのは、正確さ、あるいは客観性といったものとは違います。真実とは善であり、希望であって、信仰、あるいは慈しみの心に近いと言ってもいいかもしれません。昨今の映画の多くは、登場人物たちとの間に新たな親しい関係を築き、彼らとの緊密なコラボレーションを通して真実を追い求めようとします。それは映画を作る側にとって決して容易なことではありません。真実を追い求めるには、ほとんど不可能に近い忍耐が要求されるのです。しかし、フランスの哲学者アラン・バディウが述べているように、真実の倫理における唯一の原則は、不可能の可能性であるということを申し上げて、講評とさせていただきたいと思います。
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●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『ホース・マネー』 -
ポルトガル/2014/104分
監督:ペドロ・コスタ
ペドロ・コスタは『ホース・マネー』で、フォンタイーニャス地区に住むカーポ・ヴェルデ移民たちとの共同作業を驚くべき新たな方向に広げる。旧作での確信は剥ぎ取られ、あとに生じたものは、呪文、祈り、塊、部分的にしか掴めない記憶の映画、夢のドキュメンタリー、夢としてのドキュメンタリー、幽霊譚とも言われかねないものだ。主人公に我らの時代における真の英雄たちを迎えた驚異的な映画であることは確かだ。
●山形市長賞(最優秀賞)
『真珠のボタン』- フランス、チリ、スペイン/2015/82分
監督:パトリシオ・グスマン
人間は誰もが海からやって来た。海は生命の源であり、我らの記憶や秘密を保ってくれる。パトリシオ・グスマンの『真珠のボタン』は、水には記憶のみならず声があることを提案する。
●優秀賞
『祖国 ― イラク零年』- イラク、フランス/2015/334分
監督:アッバース・ファーディル
334分という時間の中に、何が描かれていたか。それは、深い深い優しさと悲しさに満ちた、もう絶対に取り返しのつかない風景と時間だった。当時決して日本では放映される事は無かった、イラク戦争前後のイラクの風景、家族の営みとその変化を垣間見る事が出来た、それだけでも十分にドキュメンタリー映画としての価値は高い。しかしながらこの作品の最大の魅力は作品全体に流れるアッバース監督の愛に満ちた眼差し、そしてハイダル少年をはじめとする、光り輝く子供たちの存在だ。彼らの存在は今なおこの映画を観た人すべての中で生き続ける。この作品を観られる事が出来て本当に良かった。監督と監督の家族に最大の敬意を表したい。
●優秀賞
『銀の水 ― シリア・セルフポートレート』- フランス、シリア/2014/92分
監督:オサーマ・モハンメド、ウィアーム・シマヴ・ベデルカーン
『銀の水』は映像表現の可能性を最大限に発揮できた映画だと思います。 目を覆いたくなるような陰惨な暴力を前に、映画及び映画作家のできることは何か。 この命がけで撮られた映画はわれわれに一つの提示をしてくれた。 映画は彼らが生きた証となった。これはまさにドキュメンタリーの本来あるべき姿だと思う。監督の勇気と行動力に敬意を表したい。
●特別賞
『女たち、彼女たち』- アルゼンチン/2015/65分
監督:フリア・ペッシェ
生命は出産に始まり、死で終わる。しかし映画では必ずしもそうではない。血縁、連帯、愛で結ばれた女性たちが、私たちに異なる物語を示してくれる。
アジア千波万波
- 審査員:川上皓市、ガルギ・セン
総評
私たちは、山形国際ドキュメンタリー映画祭2015「アジア千波万波」審査員として、18本の非凡なドキュメンタリーと対話することができ、大変光栄に思っています。国、文化、ジェンダー、民族、時間、空間、時代、階級といった境界に分断されがちな、空間と世界に対して、映画を通じて果敢に挑む作品です。映画作家たちは、天使さえ恐れて近づこうとしない「場所」へと、自ら足を踏み入れました。敬意、才能、映画的能力を携え、歩んでいく過程で、新しい映画言語を構築し、突出した美と希望の物語を生み出しました。「アジア千波万波」は、無数のつぼみが花開いた満開の花畑だと言えます。
同じように賞に値する本プログラムの各作品を選定過程で除外していくことは、難しい作業でした。今夜、ここで受賞しない映画作家たちに、声を大にして言わせてください。この場にいること、アジア千波万波に選ばれたこと、このこと自体が栄誉であり、皆さんの才能と不屈の精神の証なのです。皆さんの映画が、より遠くへと旅することを願い、またその過程で、多くの人の気持ちをつなぐ、映画の魔法の杖となりますように。
今回の受賞作品は、空間、時間と言語を独創的に使った7作品です。特別賞は4作品に授与します。
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●小川紳介賞
『たむろする男たち』 - フランス、レバノン/2015/55分
監督:マーヤ・アブドゥル=マラク
二項対立的な空間から奏でられるオーケストラ。不可視と可視、プライベートと公共、男性性と脆弱性、母権性と離郷、都市と故郷、時間と連続性、そして郷愁の言葉。手紙、コーヒー、ケーキ、電話、そして映画。故郷を捨てた者の悲痛な哀しみが、巧みな映画的手法により、思いやりの溢れた物語に結晶した、マーヤ・アブドゥル=マラク監督『たむろする男たち』に小川紳介賞を授与します。
●奨励賞
『蛇の皮』- シンガポール、ポルトガル/2014/105分
監督:ダニエル・フイ
時間と戯れるこの作品は、想像と記憶を行き交い、また記憶が想像であり力であるということを強調しています。映画さえも含む全てを疑い、しかし同時に、脆弱な辛辣さを持つ瞬間を浮かび上がらせます。新しい映画言語の地平へと果敢に足を踏み入れたダニエル・フイ監督『蛇の皮』に奨励賞を授与します。
●奨励賞
『ラダック それぞれの物語』- インド、日本/2014/40分
監督:奥間勝也
元サッカー選手であるというこの映画作家は、時間がなくしかも文化も異なる中で、対象に対する深い敬意と、自身のルーツとを両立させながら、映画言語を縦横に駆使した物語を作り出しました。それはグローバリゼーションと気候変動によって文化とそのルーツが失われることはもう避けられないのだということを予言しているのではないでしょうか。愛の物語を世界と共有しようとする奥間勝也監督『ラダック それぞれの物語』に奨励賞を授与します。
●特別賞
『きらめく拍手の音』- 韓国/2014/80分
監督:イギル・ボラ
沈黙によって会話をし、言葉が様々な世界をつなぐ、喜びと愛についてのきらきらした物語、イギル・ボラ監督『きらめく拍手の音』。
●特別賞
『ミーナーについてのお話』- イラン/2014/54分
監督:カウェー・マザーヘリー
都市の中心にある貧困、堕落、麻薬、犯罪の世界から生み出された美と尊厳の物語、カウェー・マザーヘリー監督『ミーナーについてのお話』。
●特別賞
『鉱(あらがね)』- ボスニア・ヘルツェゴビナ、日本/2015/68分
監督:小田香
閉ざされた地下、男性性、原始的で機械的な空間から引き出された魅惑的なイメージと音のシンフォニー、小田香監督『鉱(あらがね)』。
●特別賞
『わたしはまだデリーを見ていない』- バングラデシュ、インド/2014/19分
監督:フマイラ・ビルキス
都市の中での疎外感とその都市を捉えようとするイメージとを緻密に編んだ、詩的エッセイ、フマイラ・ビルキス監督『わたしはまだデリーを見ていない』。
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市民賞
- 『祖国 ― イラク零年』
- イラク、フランス/2015/334分
監督:アッバース・ファーディル
日本映画監督協会賞
- 『私の非情な家』
- 韓国/2013/75分
監督:アオリ