受賞作品 審査員コメント
インターナショナル・コンペティション
- 審査員:アトム・エゴヤン(審査員長)、ハイレ・ゲリマ、市岡康子、アマル・カンワル、フェルナンド・ペレス
総評
審査員は、現代のドキュメンタリー界における実践の幅広さを示す、非常に多様な作品群を鑑賞し、啓発されました。受賞作品の決定は、白熱した議論を経ずには達成できませんでしたが、最後の五本を選び出す困難な課題は刺激的で実り多く、最終的には全員一致の結果となりました。
●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『密告者とその家族』-
アメリカ、イスラエル、フランス/2011/ヘブライ語、アラビア語/カラー/ビデオ/84分
監督:ルーシー・シャツ、アディ・バラシュ
家族、国家、社会の中にある抑圧的で時には衝撃的なほど不条理な境界線を眼に見えるものとして描きだした、この作品の類まれな技量を評価して。
●山形市長賞(最優秀賞)
『光、ノスタルジア』- フランス、ドイツ、チリ/2010/スペイン語/カラー、モノクロ/35mm/90分
監督:パトリシオ・グスマン
想像を喚起させる深い視座から生じる、純粋な映画言語を見事に操るその円熟を評価して。
●優秀賞
『阿仆大(アプダ)』- 中国/2010/納西(ナシ)語/カラー/ビデオ/145分
監督:和淵(ホー・ユェン)情愛を込めた濃密で説得的な方法で、ある父と子の関係を極めて清らかに、親密に、吟味したことを評価して。
●優秀賞
『5頭の象と生きる女』- スイス、ドイツ/2009/ドイツ語、ロシア語/カラー、モノクロ/35mm/93分
監督:ヴァディム・イェンドレイコ忘れがたい一人の女性のユニークで映画的なポートレートを素晴らしい繊細さ、情愛、知性をもって描いたことを評価して。
●特別賞
『殊勲十字章』- アメリカ/2011/英語/カラー/ビデオ/62分
監督:トラヴィス・ウィルカーソン決定的に少ない制作費の中で、フィルム、ビデオ、ナレーション、テキストの素材感の違いを対照させ、戦争について改めてじっくり考える作品を作り上げたことを評して。
アジア千波万波
- 審査員:陳俊志(ミッキー・チェン)、瀬々敬久
総評:瀬々敬久
アジアの様々な国で、その国、特有の問題があり、監督たちが、それに立ち向かい悩み、問題を切り開こうとしている。そんな取り組み方をしている作品が多く、とても興味深く、何度も感動を覚えました。正直な話、賞には選ばれなかったが、多くの素晴らしい映画があったと思います。一方で審査員、二人ともに強くこれを推すという作品もなかったことは確かです。そこで審査会では映画の完成度ということよりも、現在ある様々な問題を切り開こうとしている作者のドキュメンタリストとしての態度や姿勢が満ち満ちている映画を重要視しようという視点で個人的にはのぞませてもらいました。何度も言いますが、受賞したか、しなかったかは本当に僅差です。これから、それぞれの場所に戻って更に深く映画を追い求めていくことを期待しています。それはこの映画祭で多くの作品と出会い色々な思いを貰った自分を含めての話ですが。本当に素晴らしい作品たちと出会うことが出来ました。ありがとうございました。
総評:ミッキー・チェン
今回アジア千波万波に寄せられた素晴らしい作品群の中で、私たちは、ある時は、豊饒な森にある一組のささやかな母と子のうちに濃密な人間の匂いをかぎ取り、ある時は、今しも力尽きようとするバイオリン弾きとともに、自分の心の奥底に眠っているかも知れぬユートピアのごとく消えゆく音楽を探し求め、ある時は、路上に倒れる犠牲者の亡骸の上に、自分がかつて抱いた情熱と理想が幻のごとく消え去るのを見届けた。
私たちは、アジアのドキュメンタリストたちの、あるいは、戦いを挑むような詰問の中で、あるいは、ただ静かな凝視の中で、ノンフィクションとフィクションの相異なる言語とアクセントと格闘しながら、感覚を研ぎ澄ませつつこの世界を見つめ、その大きさを測るよう促されていた。
それはドキュメンタリーというものが創造した、完結した世界であり、その世界は私たちを飲み込み、満たし、激しく揺さぶった。
●小川紳介賞
『雨果(ユィグォ)の休暇』- 中国/2011/中国語/カラー/ビデオ/49分
監督:顧桃(グー・タオ)内モンゴルの少数民族に向けたカメラの眼差しが暖かいのが何より素晴らしい。カメラは寄り添うようにそこにある。被写体と撮影者の関係性が作為的でなく、ただそこにあるだけなのだ。ここまでの関係性を築くのにかかったであろう長い時間が中篇ドキュメンタリーの中に凝縮されている。作り手の熱い思いが前面に出ることはないのだが、作者の映画に向ける態度は明確であり、困難を常に切り開こうとしている。その大袈裟ではないが前向きなドキュメンタリストとしての意思の強さが特に秀でていたと思う。その態度がこの映画にも表れている。日常、風景、歴史、それらが生活の断片の中に光輝き、生きることの苦悩と素晴らしさを静かな感動と共に与えられた。
●奨励賞
『アミン』- イラン、韓国、カナダ/2010/ペルシャ語、トルコ語、ロシア語/カラー、モノクロ/ビデオ/120分
監督:シャヒーン・パルハミ消えゆこうとしている民族音楽を必死に記録していこうとする主人公、アミンの行動を追うことでイラン社会や歴史、生活、そしてそこに関わる今日的な問題が徐々に明らかにされていく。アミンの悩みや熱い情熱は、この映画の監督も同様に抱えている。次々と行動を起こす主人公を追うカメラとともに、見る者も旅をしていく。それは地理的な旅でもあり精神的な旅でもあり、歴史への旅でもある。この映画は大きなものに挑もうとしている。そこが最も私たちを魅了したところだ。そして何よりもここで演奏される音楽の素晴らしさ。この映画のダイナミズムは、監督の意思の力でもあり、私たちを惹きつけてやまなかった。
●奨励賞
『龍山(ヨンサン)』- 韓国/2010/韓国語/カラー/ビデオ/73分
監督:ムン・ジョンヒョン作家は、アクティヴィズム映画特有の強度によって、幾度となく繰り返される街頭抗議活動を記録し、韓国の抗争史のアーカイブを冷静に整理していく。私たちはあたかも現場に立ち会っているかのごとく、鎮圧下の怒号を聞き、流れる涙と鮮血を感じ取る。作家は公的歴史に切り込みながら、繰り返し彼自身の内面に立ち返るという、すぐれてパーソナル・ドキュメンタリー的な手法をとりながら、抗争によってより良い明日が実現するという理想を信じていた、かつての自分と集団のために、その集団幻想が潰え、政治的に利用されるのに立ち会い、茫然と街頭に立ちすくみながら、一篇の詩のような墓碑銘を書き上げる。
●特別賞
『ソレイユのこどもたち』- 日本/2011/日本語/カラー/ビデオ/107分
監督:奥谷洋一郎この作品はただ、多摩川の水上に暮らす老人と犬の世界に過ぎないのかも知れない。しかし興味深いことに私たちは、ほぼ2時間の現実の時間を、陰翳と静けさを湛えた東京の川べりで、そこに起こる微細な動きに寄り添いながら過ごすうちに、時間という大きな命題を思索するよう誘われるのである。
●特別賞
『柔らかな河、鉄の橋』- ベトナム/2010/ベトナム語/カラー/ビデオ/45分
監督:チャン・タイン・ヒエン、ファム・トゥー・ハン、ドー・ヴァン・ホアン、チャン・ティ・アイン・フゥンハノイの中心部から1キロ離れたところにある橋を中心として、4人の監督が描いた人々の日常の生活の断片と人生。それが生き生きとして、まず素晴らしかった。4人の別々の視点が紡がれながら、一つの映画へとなる映画的な感興。そして4人の視点は優しさもともに明確である。ベトナムで今、新しく生まれていこうとしているドキュメンタリー映画の清新な動きと深く関わっていて、これからへの期待も含め評価したい。
●特別賞
『水手』- シンガポール、セルビア、モンテネグロ/2010/広東語、北京語、セルビア語/カラー、モノクロ/ビデオ/93分
監督:ヴラディミル・トドロヴィッチ「人は誰もが、ひとつの島である」
作家は映像とテキストを交錯させ反響させながら、恍惚と現実が入り混じり、水夫と女が呼び交わし、誘惑と拒絶が入り混じる、謎めいた世界を創り出す。
作家は、映像の中では故国と幻想世界の対照を際立たせながら、テキストの中では男と女にとめどない対話を繰り広げさせ、蠱惑的な、メタファーとミステリーに満ちた世界を創造し、見る者を否応なく引き込んでいく。
市民賞
- 『5頭の象と生きる女』
- スイス、ドイツ/2009/ドイツ語、ロシア語/カラー、モノクロ/35mm/93分
監督:ヴァディム・イェンドレイコ
『イラン式料理本』- イラン/2010/ペルシャ語/カラー/ビデオ/72分
監督:モハマド・シルワーニ
コミュニティシネマ賞
- 『イラン式料理本』
- イラン/2010/ペルシャ語/カラー/ビデオ/72分
監督:モハマド・シルワーニこの作品は、最も日常性が映し出される場である台所を通して、イランの伝統や生活、家族の形を優しくユーモラスに描いています。日常生活の中にこそ忘れてはならない大切な何かがあることを私たちに気づかせてくれました。
東日本大震災復興支援上映プロジェクト「ともにある Cinema with Us」-
東日本大震災そして福島第一原発事故というかつて経験したことのない状況の中で、上映者である私たちコミュニティシネマにできること、やるべきこととは何なのかを考えつづけています。今回のプロジェクトはこの問いに対するひとつの重要な答えを与えてくれました。このことに感謝するとともに、この企画の巡回に全面的に協力していきたいと思います。
日本映画監督協会賞
- 審査員:伊藤俊也(委員長)、大森立嗣、林海象、山本洋子、ジャン・ユンカーマン
- 『監獄と楽園』
- インドネシア/2010/インドネシア語/カラー、モノクロ/ビデオ/93分
監督:ダニエル・ルディ・ハリヤント
選考理由
今回は、コンペティション部門に、『5頭の象と生きる女』という格調も密度も高い傑作があり、一方それとは対照的な作品でありながら、ほとんど劇映画に見紛う迫真の力作『アルマジロ』があったこと、さらにカフカ的不条理の世界(『城』におけるように許可証がいつまでも下りない状況、子息たちにとってはグレゴール・ザムザならぬ毒虫にでも『変身』するしかないような出口なしの状況)を今日の世界的矛盾が集中する都市の一つにおいて具現化して見せた秀作『密告者とその家族』があったことを、まず敬意をもって記しておきたい。
日本映画監督協会賞は、必ずしもナンバー・ワンに与えるものとせず、当の監督がある分野において、それがアクチュアルな世界であると否とにかかわらず、新しい地平を拓こうとする果敢な挑戦の姿勢を多とするものであり、監督自身の今後の可能性に期待して贈ることを旨としている。その点、ハリヤント監督『監獄と楽園』は、2002年のバリ島爆弾テロ事件に関して、被害者の家族はもとより加害者の家族をも冷静かつ包容力のある姿勢で捉え、特に双方の子供たちの描写において傑出している。しかも、この作品の目玉は、加害者であるテロ実行者たちの獄中における取材に成功していることである。この取材が、双方の家族たちとの仲立ちをしてくれた元ワシントンポスト記者と知り合う以前のことで、監督の独力によって実現されたということを聞き、正直驚いた。それだけでも感嘆に値する。そして、当の記者を謂わば死者たちの代理人として、加害者のジハード論議の矛盾を突かせるという役割を与えてそつがない。また、加害者の父親、被害者の妻からも冷静な反応を引き出している。以上は、ほとんど関係性の危険な領域にまで踏み込みながら、ドキュメンタリストに必要なもう一つの資質、ストイシズムをハリヤント監督が保持している証しであるだろう。『監獄と楽園』を顕彰すると共に、今後のダニエル・ルディ・ハリヤント監督に期待するものである。
スカパー! IDEHA賞
- 審査員:ホセチョ・セルダン(スペイン)
- 『さようならUR』
- 日本/2011/日本語/カラー/ビデオ/73分
監督:早川由美子その仕事の関与の深さ、映画づくりにおける倫理観、そして観客の反応を促す啓発力を評価する。庶民にパワーを!