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[シンガポール]

ここへ来た道

Through the Border
一路來

- シンガポール/2019/中国語(北京語、客家語)/カラー/デジタル・ファイル/29分

監督、撮影、編集、提供:張齊育(テオ・チーユー)

幼い頃に中国を離れ、シンガポールに渡って来た監督の祖父。やがてこの地で家庭を持ち、電器店を営むようになっても、故郷・西安に残した家族を忘れることはなかった。がんが見つかり余命6ヶ月を宣告されたいま、朝が来れば店を開く生活のリズムを繰り返しながら、穏やかに最期の時を迎えようとしている。孫娘の持つカメラは、口数の少ない祖父の望郷の想いを優しくすくい上げ、〈この家〉の奥に眠る〈もう一つの家〉の記憶の扉を開く。(ET)



【監督のことば】物理的なハウスと心理的な家、帰るべきホームでは意味が異なる。人がつながりを求めて、この捉えどころのない帰属意識を切望するのは万国共通だ。帰るべきホームを持つことで、私たちは自分が何かに「根差している」感覚を得られる。

 中国人が本土から東南アジアへ向けて海外移住する動きは、歴史的にいくつもの波があった。南洋としても知られる東南アジアには、明朝の時代(1640年代)から華僑として知られる中国人が渡ってきている。南洋に渡った華僑の最大の民族移動は1930年代に起こった。私の祖父が12歳でシンガポールに移住したのもその時代だった。

 祖父が住んでいるのはシンガポールだったが、いったい彼はこの土地に属しているのだろうかと、私は常々疑問に思っていた。祖父が亡くなる前、祖父は自分の故郷が見捨てられてしまう悪夢に絶えずうなされていた。そのとき私は、祖父がこのシンガポールの地で人生の半分以上を過ごし、家族を築いてきたにもかかわらず、祖父にとっての帰るべきホームはここではなく、かの地中国、故郷なのだということに気がついた。

 この作品は、静かな観察や親密な家族の会話のやり取りなどを通して、家族とホームの関係を探っている。私個人にとっては、私が育った国、私にとってのホーム、あるいは私の家族について理解を深める試みでもある。私の手法は、日常の出来事を自然に起るにまかせ、時間の流れにまかせ、ありのまま正直に提示するというものだ。そして感情が立ち現れるとき、観客は自己を投影し、そこに自らとのつながりをそれぞれ見出し、もの言わぬ参加者となり、作品の一部になるのである。


張齊育(テオ・チーユー)

多岐にわたるさまざまな社会問題に情熱を注ぐ映像作家。彼女の作品は日常の何気ない時間や周りの人々とのやり取りを静かに見つめる。シンガポール芸術学院(SOTA)で初めて映像制作に触れ、続いて香港城市大学でビデオ制作とドキュメンタリーについて技術を磨いた。初めて公式上映された作品は、撮影で参加した『On Such and Such a Day, At Such and Such a Time』(2013年、ナタリー・クー監督)。この作品は高く評価され、2014年の第5回シンガポール短編映画賞で最優秀ドキュメンタリー賞と最優秀撮影賞を受賞した。2017年にはその年の台北金馬映画アカデミー(第9期生)の参加者13名のうちの1名に撮影監督として選ばれ、滞在期間中、他の地域出身の映像作家らと有意義なコネクションを築いた。現在、シンガポールを拠点に、作品を通してさまざまな社会問題を探求し続けている。