Part 5
「世替わり」のクロスワールド/〈27度線〉が消える時
1960年代後半から70年代にかけて〈沖縄〉は時代のフロントラインにせり上がってきた。日本が「戦後状態」を脱却し、東西冷戦構造における「西側」の一翼として相対的に力を確保し、同時に自らの「戦後」を清算しようとした流れの中で、「沖縄返還」は政治的にも社会的にも、強く意識されることになる。そして1972年、沖縄は日本に復帰した。その日を境に、「本土化」の波が流れ込む一方、復帰運動が覆い隠した矛盾が露出し、時にねじれ、時に鋭い衝突を引き起こした。そして、こうした「世替わり」の諸相に踏み込んだ一群の作品が製作された。そこには、絶対的な正解はなかったかもしれない。しかし、その状況に対し、自らの位置からの距離を自覚し、映像製作に向かう表現者たちがいた。同時に、沖縄の内部から新たな映像の文体の模索も始まったのである。
1 | 重なり合う声、絡まり合う目 |
やさしいにっぽん人
The Gentle Japanese- 1971/モノクロ/16mm(原版:35mm)/118分
監督:東陽一 脚本:東陽一、前田勝弘 撮影:池田傅一
録音:久保田幸雄 製作:高木隆太郎
出演:河原崎長一郎、伊丹十三、緑魔子
製作会社:東プロダクション 提供:シグロ
「シャカ」と呼ばれる青年がいる。彼は1945年、慶良間列島渡嘉敷島の集団自決を生き延びた幼児である。同時にその記憶を忘失し、日本の首都、東京で生きているということは、二重に疎外されて生きているということだ……普通の生活であればあるほど、その時間の蓄積がそのまま“普通”ではなくなっている。それはその存在自体が問う、「日本人とは何か」という本質的な“問い”に対する答えでもある。同時に、結局、現代の日本人が答えを出していない以上、常に先送りされているテーマでもあるのだ。
2 | 〈暴力〉の代理と〈抗争〉の迷宮 |
沖縄やくざ戦争
Okinawa Yakuza War- 1976/カラー/35mm/96分
監督:中島貞夫 脚本:高田宏治、神波史男
撮影:赤塚滋 編集:堀池幸三
音楽:広瀬健次郎 美術:井川徳道
出演:松方弘樹、千葉真一、梅宮辰夫、渡瀬恒彦、新藤恵美、成田三樹夫
製作会社、提供:東映
本土復帰を翌年に控えた沖縄を舞台に、沖縄やくざ対本土系暴力団の壮絶な戦いと、沖縄やくざ組織の内部抗争をドキュメンタリー・タッチに描いた活劇映画。そのドラマの中に、沖縄というフィルターを通過した当時の日本のアメリカへの眼差しが垣間見られるのも面白い。この作品中における沖縄のやくざ世界の描写があまりにも生々しかったため、当時の沖縄では上映禁止になったといういわくつきの作品でもある。
海燕ジョーの奇跡
The Miracle of Joe, the Petrel- 1984/カラー/16mm(原版:35mm)/134分/英語字幕版
監督:藤田敏八
脚本:神波史男、藤田敏八、内田栄一 原作:佐木隆三
撮影:鈴木達夫 編集:井上治 録音:紅矢愃一
音楽:宇崎竜童 美術:望月正照 企画:三船史郎
製作総指揮:奥山和由 製作:鍋島壽夫
出演:時任三郎、藤谷美和子、清水健太郎、五月みどり、原田芳雄、三船敏郎
製作会社:三船プロダクション、松竹富士 提供:国際交流基金
この劇映画が製作された1984年頃は、沖縄本土復帰前後の激動期からすでに10年以上が経過し、沖縄全体がともすれば目的を失いがちな雰囲気に包まれ、“本土化”の歪みが表れつつあった。その様な混迷状況の中での若者の青春を描き出したのが本作品である。主人公のジョーはフィリピン人の父と沖縄人の毋を持つ混血児の沖縄青年ヤクザで、ふとした喧嘩がもとで殺人を犯し、フィリピンへ海燕のごとく逃亡する。青春映画と呼ぶにはあまりに残酷な最期を遂げる主人公に影を落としているのは、哀れなヤクザの一生なのではなく、行き先を失った沖縄の闇なのかもしれない。
3 | 「ヤマト世」の浸透と〈沖縄〉の創造 |
1975 OKINAWAヌ夏
1975 Okinawa Summer- 1975/モノクロ/16mm/15分
監督:富本実 助手:謝花謙、吉田直樹 撮影:棒弘
録音:相原雅之 提供:富本実
「海、その望ましい未来」をテーマに沖縄国際海洋博覧会が開催された1975年、沖縄の夏の断面を描いたドキュメント。「沖縄経済発展の起爆剤」などと大々的に喧伝されたため、沖縄中が海洋博ブームで浮足だっていた。このドキュメントから伝わってくるのは、こうした沖縄に対するいらだちとやりきれなさである。皇太子来沖で歓迎と抗議に揺れる沖縄を、不安定なカメラワークと切迫した画面構成で切り取り、沖縄の運命を決定した歴史的な声を重ねることによって、海洋博が沖縄にとって何であったのかを示唆する。
謝花昇を呼ぶ時
When Calling Jahana Noboru- 1976/モノクロ/16mm/30分
監督、提供:富本実
本土復帰から4年を経た沖縄で、大里康永、池宮城秀意、そして新川明という3人の沖縄知識人(歴史学、戯曲、思想史)が、それぞれの「謝花昇」像への思いを綴ったドキュメンタリー。“沖縄”を思考するということと謝花の狂気が交差する地点を改めて考えさせる一撃の映像。
ヤマングーヌティーダ
Yamangunutida (The Gushiken Yoko Story)- 1978/モノクロ/16mm/35分
監督:謝花謙 撮影:深田尚 録音:青木喜代門
出演:蔵下良和、東江清成、金城みゆき、棚原ひろふみ、棚原美香
提供:謝花謙
沖縄県出身者として初のボクシング世界チャンピオンになった具志堅用高の高校時代の生活をモデルにした劇映画。1970年代初期、本土復帰に揺れる沖縄社会を背景に、ボクシングに情熱を傾ける若者を描いている。タイトルの「ヤマングーヌティーダ」は、八重山の方言で「わんぱく者の太陽」という意味。復帰前の沖縄社会の高揚の中で、自身の目標に向かって黙々と疾走する若者の姿を捉えた作品。
沖繩列伝第1 島小
The Life of Okinawa Part 1: Indigenous Island Fauna- 1978/モノクロ/16mm/75分
監督、撮影:吉田豊 ナレーター:松田優作 編集:高城哲
音楽:喜納昌吉 製作会社:照間プロダクション 提供:吉田豊
1972年の本土復帰後、沖縄本島東海岸に位置する金武湾の石油備蓄基地(通称CTS)建設に反対する「金武湾を守る会」の活動とその闘争を取り巻く人々の様々な思いを綴ったドキュメンタリー。共同生産組合を組織する若者、沖縄原種の復活を願う養豚農家、闘争のなかで琉歌を詠う女性、そして若き音楽家喜納昌吉らの言葉と眼差しが、見る者に時代を超えた“抵抗”のあり方を訴える。
一幕一場・沖縄人類館
Act 1, Scene 1 Okinawa Jinruikan- 1978/カラー/ビデオ/25分
ディレクター:森口豁 撮影:田口紘 編集:青木英明
録音:川田幸雄 ナレーター:舛方勝宏
プロデューサー:氏田宏 制作会社、提供:日本テレビ
放映日:1978年7月30日
知念正真作の戯曲『人類館』と1978年の沖縄を交差させたテレビ・ドキュメンタリー。戯曲『人類館』は、1903年に大阪で開催された勧業博覧会の学術人類館に「内地に近い異人種」として北海道アイヌ、台湾生蕃、朝鮮人とともに琉球人が陳列された事件を題材にした。この『人類館』の作品的達成とそれを演じる劇団創造、そして1978年の沖縄。この三者が交差するところに沖縄が潜ろうとする時代の意味を浮かび上がらせた。