english

ある1つの見方

〜ヨリス・イヴェンスのドキュメンタリーの世紀〜

ケース・バカー


1998年はオランダのドキュメンタリー監督、ヨリス・イヴェンスの生誕100年の年でしたが、今回の山形国際ドキュメンタリー映画祭では『風〜ヨリス・イヴェンス特集〜』が企画されています。その共同コーディネーターであり、イヴェンスの研究家でもあるケース・バカーさんが、イヴェンスの人生、映画と歴史的背景について考察します。YIDFF'99を記念して、イヴェンスのドキュメンタリーから20世紀を振り返ります。

 ――編集部


20世紀は変動の世紀であった。すべての領域において、この変動は比較的短期間に途方もなく極端なものとなった。2度の世界大戦を含む多くの戦争があり、今なお50以上の戦争が行われている。20世紀はまた、政治とテクノロジーの分野で手に負えない規模の発展を経験した。19世紀に端を発した工業化は、数十年後産業活動のグローバル化に帰結した。多国籍化の進展、人々と情報のさらなる流動、絶え間ない技術革新などである。政治は国境を越え始め、2極化を経験したが、それらは20世紀の大部分に爪痕を残すこととなった。一国家レベルの革命が、世界のほかの国々にとっても非常に重大な影響を与えたのだ。

この世紀を説明し、理解するのはもちろんのこと、歴史家のこの世紀を叙述する仕事は容易ではない。歴史家や我々は、依然最近の歴史に関わりすぎていて、徹底した反省に必要な距離をとることができない。歴史編纂学とドキュメンタリー映画製作には幾つかの類似点があるけれども、ヨリス・イヴェンス(1898-1989)の映画が明らかにするのは、彼は歴史家でこそなかったが、自らが撮影した歴史の一部であることを自覚していたことである。歴史編纂学とドキュメンタリー映画は共に、現実世界の出来事を説明しようとするが、ここに両者は現実と世界叙述の可能性の関係について、共通 の認識論的、解釈学的問題に直面することになる。とりわけ最近の歴史については、時間を隔てていないことがこれらの問題の1つとなる。エリック・ホブズボームは述べる。

歴史家の主要な課題は、善悪を裁断することではなく、たとえもっとも理解しにくいことでも理解しようとすることであるが、今世紀に数多く生じた宗教的、イデオロギー的な対決が、その歴史家の理解への道にバリケードとして立ちはだかっている。しかし情熱にもとづく信念だけではなく、そのような信念を形成した歴史的経験さえもが、理解の妨げになっている。1

これらは振り返ってみれば、ヨリス・イヴェンスのほとんどの映画を特徴づける要素にぴったりのように思える。彼の歴史的経験が情熱に基づく信念を育み、それは彼の周りの世界を理解しようとする意志を、仮に人々が正しい方法に従うならばより良い世界を経験できるという信念に変えていった(見失わせた、と言う人もいるだろうが)。この信念こそ社会主義の考え方である。

イヴェンスの映画には、20世紀の雰囲気と社会政治的な問題点が反映されている。彼のドキュメンタリーはドキュメントとなる。しかし全ての歴史のドキュメントと同じように、それらは額面 どおり受け取るべきではない。“客観的”なドキュメントは、仮に存在するとしてもまれであり、歴史とは歴史家が客観的に構築しようと努力したものである。確かなのは、イヴェンスの映画が“客観的”ではないことだ。けれどもこれはヨリス・イヴェンスに限ったことではなく、恐らく全てのドキュメンタリー監督に当てはまるだろう。最初の客観的なドキュメンタリーは、仮にそれが可能だとしても、そして何人かの映画監督の自負にもかかわらず、未だ作られていない。イヴェンスはそれを興味深く説明する。

多くの人々が自動的に、全ての“ドキュメンタリー”映画が間違いなく“客観的”だと仮定していることに気づいて驚いた。恐らく言葉づかいは満足でないが、私にとって“ドキュメント”と“ドキュメンタリー”の語の区別 ははっきりしている。裁判で提出される証拠に客観性を求めるだろうか。いや、唯一求めることは、聖書に手を置いて宣誓するのと同じくらいに、それぞれの証拠が証人の主観的で、真実に即し、率直な態度によって提示されることだ。2

ヨリス・イヴェンスの映画は、世界の主観的で、真実に即し、率直なる提示であることを隠さない。しかしこれは、我々のドキュメンタリーの“イメージ”に反するものではないだろうか。

次頁へ続く>>


(注)

1. Eric Hobsbawm, Age of Extremes: The Short Twentieth Century 1914-1991 (London: Michael Joseph, 1995): p. 5. (エリック・ホブズボーム『極端な時代 20世紀の歴史 上・下』[河合秀和訳、三省堂、1996年]、上巻、9ページ)

2. Joris Ivens, The Camera and I (Berlin: Seven Seas Publisher, 1969): p. 137. (ヨリス・イヴェンス『カメラと私―ある記録映画作家の自伝』[記録映画作家協会訳、未来社、1974年]、160ページ)

*邦訳のあるものについては、そのまま利用させていただいたものと、参考にしながら新たに訳出したものがある。