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松本俊夫追悼プログラム



全作品 監督:松本俊夫 提供:イメージフォーラム(「銀輪」以外) プログラム協力:マーク・ノーネス


- YIDFF 2017 オープニング作品
銀輪

Ginrin

日本/1955/ダイアローグなし/カラー/35mm/10分
脚本:松本俊夫、北代省三、山口勝弘
撮影:荒木秀三郎
美術:北代省三、山口勝弘
音楽:武満徹、鈴木博義
特殊撮影:円谷英二
製作会社:新理研映画
提供:東京国立近代美術館フィルムセンター

日本自転車工業会によるPR映画で、実験工房および円谷英二とのコラボレーションによって生まれた、記念すべき松本のデビュー作。日本における実験映画の画期となった。



- YIDFF 2017 オープニング作品
西陣

Nishijin

日本/1961/日本語/モノクロ/35mm/27分
脚本:関根弘、松本俊夫
撮影:宮島義勇
製作:浅井栄一
企画、製作:京都記録映画を見る会、「西陣」製作実行委員会

京都・西陣を題材に、安保闘争後の日常化した現実の矛盾を画面に定着させることに挑んだ前衛記録映画の代表作。



- YIDFF 2017 オープニング作品
つぶれかかった右眼のために

For My Crushed Right Eye

日本/1968/ダイアローグなし/カラー/16mm/3面マルチ上映/13分
撮影:鈴木達夫 音楽:秋山邦晴 製作:工藤充

ヒッピー、ゲイ、学生運動、金嬉老事件など、流動的かつ混沌とした時代状況を多元的に表現することを目論んだ、パフォーマティブなマルチプロジェクション作品。



- モナ・リザ

Mona Lisa

日本/1973/ダイアローグなし/カラー/16mm/3分

ビデオ合成装置「スキャニメイト」を使って、モナ・リザの陳腐化したイメージの脱臼を狙った先駆的なビデオアート作品。



- アートマン

Atman

日本/1975/ダイアローグなし/カラー/16mm/11分
音楽:一柳慧

約500のカメラ位置から露出と色調を変えた5種類のテイクをコマ撮りし、さらに再撮影して、約15,000コマをアニメーション処理した、松本の実験映画の代表作。運動の生成プロセスを前景化させることで、映画のテクノロジーに問いを投げかける。



- 色即是空

Everything Visible Is Empty / Shiki soku ze ku

日本/1975/ダイアローグなし/カラー/16mm/8分
音楽:一柳慧

般若心経の文字が5回反復され、その過程で、涅槃に至る階梯が図像によって提示される。般若心経の世界観がリズミカルに展開された作品。



- ホワイトホール

White Hole

日本/1979/ダイアローグなし/カラー/16mm/7分
音楽:湯浅譲二

スキャニメイトを活用して、宇宙空間に吸い込まれていくような運動感覚を提示した作品。



- リレーション〈関係〉

Relation

日本/1982/ダイアローグなし/カラー/16mm/10分
音楽:稲垣貴士

80年代前半、松本は映像における時空間の関係の組み替えやずらしをモチーフとした実験映画に精力的に取り組むが、本作はそのひとつ。



- スウェイ〈揺らぎ〉

Sway

日本/1985/ダイアローグなし/カラー/16mm/8分
音楽:稲垣貴士

フィルムの物質性を露わにすることで、フィルムに記録された時空間に現実感を与えるフレームの機能を考察した作品。



- 薔薇の葬列

Funeral Parade of Roses

日本/1969/日本語/モノクロ/35mm/104分
脚本:松本俊夫 撮影:鈴木達夫
音楽:湯浅譲二 美術:朝倉摂 編集:岩佐壽彌
録音:片山幹男 製作:工藤充
出演:ピーター、土屋嘉男、小笠原修、東恵美子、小松方正
製作会社:松本プロダクション、日本アート・シアター・ギルド

- ソポクレスのギリシャ悲劇『オイディプス王』を下敷きに、ゲイを主人公にして、フロイトの精神分析学における男根主義の転倒すらも試みた松本の劇映画第一作。松本が一貫してモチーフとしてきた、撮る者と撮られる者との二元論の否定が、フィクション/ドキュメンタリー間の往還と時空横断的なモンタージュによる入れ子的な物語構造に溶け込み、当時の新宿の即時的な記録とも絡み合って、混沌とした悲劇/喜劇的世界を現出させる。



- 松本俊夫

1932年生まれ。1955年、新理研映画に入社し、『銀輪』を初監督。1958年からフリー。『安保条約』(1959)、『白い長い線の記録』(1960)など、スポンサード映画という枠組の中で果敢な挑戦を試みたドキュメンタリーを次々に発表すると同時に、旧世代への批判を内包した新たな方法論として「前衛記録映画論」を提起し、旺盛な理論活動を展開していく。1960年代後半にはインターメディア作品の大作に取り組むとともに、劇映画にも進出し、ATGで『薔薇の葬列』(1969)や『修羅』(1971)を監督。並行して、『メタスタシス=新陳代謝』(1971)、『アートマン』(1975)など実験映画をコンスタントに発表した。著作には『映像の発見』(1963)、『逸脱の映像』(2013)などがある。2017年没。



追悼・松本俊夫

 戦後ドキュメンタリーの理論と実践において新たな地平を切り開くとともに、日本の実験映画、ビデオアートを先導し、劇映画の世界でも大きな足跡を残した松本俊夫が亡くなった。とりわけ、松本が1950年代末以降のドキュメンタリー、ひいては日本映画に決定的な道標を示したことに疑う余地はない。1957年に教育映画作家協会の会報に掲載された「作家の主体ということ」(『松本俊夫著作集成T』に再録されたことは喜ばしい)は若き松本が投じた爆弾であり、ジョナス・メカスらの「ニュー・アメリカン・シネマの第1宣言」(1961)やアレクサンダー・クルーゲらの「オーバーハウゼン宣言」(1962)と同様、日本における「新しい映画」の誕生を促した重要なマニフェストだった。ここでの松本の問題提起なくして、映画作家が戦争責任の問題を主体的に引き受ける機縁は生まれなかったし、旧世代とは異なる映画の方法論が「記録」の意味を捉え返すことから多元的に模索される方向も与えられなかった。

 幻となっていた『銀輪』、『白い長い線の記録』の発掘、DVD-BOXの発売、著作の再刊・新刊、若手作家たちとのコラボ作品『蟷螂の斧』(2009−12)、久万美術館での大規模な回顧展の開催(2012)など、近年の再評価は、後進の世代に分け隔てなく自らの思想を語り続けてきた松本の姿勢に負っている。松本とともにこうした時間を過ごす恩恵に与ったことを僥倖とするほかない。かくして膨大なテクストが私たちに残された。私たちの務めは、映像の相貌がますます不定形になっていく中で、こうした松本の横断的取り組みに正面から向き合うことだろう。合掌。

川村健一郎(立命館大学教授)