受賞作品 審査員コメント
インターナショナル・コンペティション
- 審査員:ヤンヨンヒ(審査員長)、オスカー・アレグリア、エリカ・バルサム、陳界仁(チェン・ジエレン)、張律(チャン・リュル)
総評
ドキュメンタリーとはなにか? インターナショナル・コンペティションの15本の映画の一本一本が、この不可能な問いにそれぞれの答えを提案している。私たちが見た映画群は広大な幅を持ったスタイルとアプローチの道を切り開き、今日の非フィクション映画の多様性と生命力の幅広いサンプルを見せてくれた。コンピューター生成アニメーションの人工性や再現映像から忍耐強い観察に生々しい身体装着カメラの映像まで、親密で個人的な一人称映画からアーカイヴ映像と共謀したエッセイ的試みまで、これらの映画群は対象の要求に対して様々なフォルムを発明している。そのそれぞれに独自の大胆さと創造性が明らかであり、不確実性と危機だけでなく、美しさと友愛によっても特徴付けられるべき現代の世界と格闘するために、しばしば表象し表現することの行為そのものをも問う。私たち審査員はそこに感嘆し議論すべき多くのことを見出したが、そこでは私たちの素晴らしい通訳のみなさんのかけがえのない援助を忘れてはならないだろう。このように力強く多様な作品群にどっぷり浸かった数日を過ごすことができたのは私たちの特権であった。今日、「現実(リアリティ)」という概念そのものは危機にあるのかも知れないが、このインターナショナル・コンペティションが示しているように、ドキュメンタリーも同じだということはまったくない。
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●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『何も知らない夜』 -
インド、フランス/2021/100分
監督:パヤル・カパーリヤー
『何も知らない夜』は激動の現代を歴史的な文脈に落としこむために、虚構として作られたうぬぼれの身振りをあえて用いることで、危機にある国家の姿を恋と友情、記憶と青春の物語でもあるものとして描き出す。膨大な幅広さの映画的テクニックとテクノロジーを自在に、高い技量と創造性で駆使することによって、パヤル・カパーリヤーはなぜ映像が作られるのか、映像には何が出来るのかを省察する。この魅力的でリスクを厭わない映画はあらゆる教条主義を打ち捨てながらも、知的にも感情的にも共感を呼ぶ政治的な精確さはしっかり維持しているのだ。
●山形市長賞(最優秀賞)
『訪問、秘密の庭』- スペイン、ポルトガル/2022/65分
監督:イレーネ・M・ボレゴ
表舞台から姿を消したかつての著名な画家。彼女の心の扉を開けようと果敢に挑む監督(姪)の子どもっぽいほどの率直さが光を放つ。監督に向けて投げつけられる芸術家の言葉の鋭さは、魂と志を貫いた自信に満ち、観客の心を射抜く。一見乱暴とも思われる監督のアプローチは、被写体との壁を突き抜け、観客をも包みこんでしまう。強烈な磁力をもった秀作。
●優秀賞
『自画像:47KM 2020』- 中国/2023/190分
監督:章梦奇(ジャン・モンチー)
映画監督としての能力が試される最も基礎的な規準は、特定の空間の中で流れる時間の速さをいかに正しく捉えるかであり、それはつまりそこに住む人々の最もリアルな心情にいかに近づけるかということである。章梦奇(ジャン・モンチー)監督はそれを成し遂げている。
章監督の身体と現地の農村の人々の身体は融合し、ともにその土地のリズム(東アジアの農業社会で用いられる二十四節気)に従って、大変なコロナ禍に直面してもひるむこと無く、きつい農作業にも素朴で楽観的な気持ちを持ち続けて、生命力を更に強いものにしている。これは困難な時代にある生命への賛歌である。
●優秀賞
『ある映画のための覚書』- チリ、フランス/2022/104分
監督:イグナシオ・アグエロ
この賞にある「優秀」とはなによりも、私たち観客に映画の最終的な著者である機会をあえて託した映画作家たちを指すためにある言葉だ。もし映画とは贈り物・捧げ物であるとしたら、この一本はとりわけ寛大なやり方でそれを実践している。つまり、私たちが見るのは映画ではなくそのための覚書なのだ。その覚書をもとに、私たちのそれぞれが自分の映画を構築し、この魔法の場への訪問を二重の体験とすることができる。
まず最初に、私たちは歴史書を手に、地理的にはるか離れた場所について知らされる。そして二度目に、私たちは今度は撮影隊と共にそこに行き、最も困難なものを捕捉しようとする:その場にもはやないものを、である。つまり私たちに「アラウカニア」を読ませて自由に想像させるよう仕向けてくれたことへの感謝の徴として、この優秀賞はイグナシオ・アグエロの『映画のための覚書』に贈る。
●審査員特別賞
『ニッツ・アイランド』- フランス/2023/98分
監督:エキエム・バルビエ、ギレム・コース、カンタン・レルグアルク
オンラインゲームは、すでに単純な仮想世界として見ることはできなくなっている。むしろその逆で、オンラインゲームは現実世界の一部であるだけでなく、二重に反射する一枚の鏡として、ますます不平等になる物理的世界を反射している。オンラインゲームの中でも、人間性の複雑さと生存の難しさは物理的世界と比べて簡単ではない。
『ニッツ・アイランド』は、963時間でそのすべてを記録している。
アジア千波万波
- 審査員:リム・カーワイ、陳凱欣(タン・カイシン)
総評
山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門の審査員となることはとても光栄なことで、昨夜は結果を決めるまで、ピザやコーヒーと共に、8時間以上多くの議論を重ねました。というのも、わたしたちの責任は軽くないですし、監督たちにとって賞を得ることがどれほど彼らのキャリアや人生までも左右するものであるかがよくわかるからです。ここに集まった作品からは、監督自身、またその撮影対象になっているものの直面する戦いが実によく見て取れます。ドキュメンタリー映画とは、現実を表現し、わたしたちが何を見ているか、現実とは何か、「真実」とはどんなものであるかを問うという、たぐいまれな空間を開くものです。さまざまなイデオロギーが対立し、AIの襲来やフェイクニュースなどがあふれるこの時代にあって、わたしたちが映画の作り手に求めたいのはさらに先へと進むこと、ドキュメンタリーという形式のもつ可能性を本当の意味で押し広げることであり、それはヤマガタのような先鋭的な映画祭、とりわけアジア千波万波のような部門でも間違いなく歓迎されることでもあるはずです。さまざまな境界をさらに押し広げ、分断をより曖昧にするにはどうすればよいか。わたしたちは映画の作り手がよりいっそう大胆になって形式上の、また創作上のリスクをとることを求めたい。この暗い時代にあって、わたしたちはこれからどんな世界を生み出し見ていくことができるのか。よりよい未来におけるドキュメンタリーはどのようなものになっているのでしょうか。わたしたちはわずかな賞を与えることしかできませんが、誰もが戦士であり勝者であることに変わりはありません。
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●小川紳介賞
『負け戦でも』 - ミャンマー/2023/23分
監督:匿名
今回の小川紳介賞は、不安定で想像しがたいほど困難な状況下でつくられ、監督の名も伏せたままでなければならなかった作品に贈られます。投獄されたトラウマがあるなかでも何をどう伝えるかが高度に制御され正確に描かれたこの作品では、その最小限に抑えた美学的アプローチが、必要に迫られた策ではあっても大きな効果をあげています。閉じ込められた人物が外の世界を眺めるショットに続いて声をあげるといった巧みな動きは、その苦しみが個人的なだけでなく万人のものであることを示唆しています。この賞が監督本人そして周囲の人びとに大きな意味をもってくれることをわたしたちは望んでいます。監督自身そして同様に物理的な意味でも比喩的な意味でも閉じ込められたり投獄されたりしている他の監督たちに、わたしたちはあなたたちを見ていますと強いメッセージを送りたいと思います。わたしたちはあなたたちのことを気にかけ、あなたたちとともに連帯しています、と。
●奨励賞
『ベイルートの失われた心と夢』- フランス/2023/36分
監督:マーヤ・アブドゥル=マラク
この作品はある国が見舞われたトラウマ的かつ暴力的な歴史を、魅力あふれる親密でエモーショナルな撮影によって明らかにしていきます。暴力のあとに残された人びとに何が起こるのか、誰が生存者なのか、それともわたしたちはみな生きた亡霊なのだろうか――シーンが展開していくと、そんな疑問が湧いてきます。打ち寄せる波の音、街で浮かれる人びとの映像、縄張り争いをする猫たちをとおして、観客は人生が続いていく、人生は美しく希望にあふれるものでありうると確信します。この映画が見せてくれるものは静かで優しく、そしてそれゆえに力強い。パレスティナやウクライナなど、わたしたちの語る世界のさまざまな地域で起きている苦難、そしておそらくはそこからの癒しの瞬間をこの映画はわたしたちに突きつけているのです。どのショットも明確かつ丹念に作り込まれており、監督の円熟と優れた技量を表しています。
●奨励賞
『列車が消えた日』- 中国、シンガポール/2022/73分
監督:沈蕊蘭(シェン・ルイラン)
若く才能あふれる監督による、大胆で確信に満ちた、野心的かつ冒険的なこの作品は、フィクションとノンフィクションの境界を綱渡りするような芸術的介入をもつその劇的なアプローチによって、ドキュメンタリーというジャンルの可能性を押し広げる表現形式の道を切り開いています。夢や詩を思わせるそのナレーションや映像により、この作品は監督が活動している国における支配的な政治的現実にたいする斜めからの根本的な批判と解釈することもできるでしょう。
市民賞
- 『我が理想の国』
- インド/2023/74分
監督:ノウシーン・ハーン
日本映画監督協会賞
- 審査員:足立正生(審査員長)、竹林紀雄、水谷俊之
- 『平行世界』
- 台湾/2022/177分
監督:蕭美玲(シャオ・メイリン)
今年のYIDFFは例年にましてドキュメンタリーの新たなあり方を追及し実験した作品が数多く見られました。そんな中、私たちが日本映画監督協会賞として選んだのは、台湾のシャオ・メイリン監督の『平行世界』です。独創と普通、自立と庇護という答えの出ない葛藤と12年に渡り格闘し続けた母子の姿や様々な表現へのトライは、ドキュメンタリー映画に新たな可能性をもたらしたと思います。
総評
授賞作品以外にも、フィリピン人であるアイデンティティの無化を描いた『ここではないどこか』、市民権改正を巡る闘いをダイナミックかつ批判的な視点で描き切った『我が理想の国』、反シネマ・反ポエム・反風景論とも言うべき『ナイト・ウォーク』などを始め数々の作品が印象に残りました。
困難に直面しながらパワフルに生きる様々な女性の姿を描いた作品が数多く感じられたのも今年のYIDFFの特徴だったと感じました。
同時に、これは現在の作家の特徴と言ってもよいのかもしれませんが、撮る対象から一定の距離を置き、作家の主体性を曖昧にした作品が数多く見られたことに、危惧を感じたことも申し添えておきたい、と思います。
今年のYIDFFに参加された全てのクリエイターやスタッフの皆さんに改めて祝福と感謝を申し上げたいと思います。今後のYIDFFのますますの発展をお祈りします。