受賞作品 審査員コメント
インターナショナル・コンペティション
審査員:
蓮實重彦(審査員長)、ペドロ・コスタ、アラニス・オボンサウィン、
キドラット・タヒミック、アピチャッポン・ウィーラセタクン
「また、山形で会おう」――講評にかえて
蓮實重彦
いかなる映画も、「審査」されるために撮られてはおりません。あらゆる作品は、少しでも多くの不特定多数の視線に触れることを目指して製作されているはずです。その意味でコンペティション部門の審査員という特定の個人の立場は、きわめて微妙なものだといわねばなりません。その立場は、国際映画祭という非日常的な時間の中でのみ意味を持つ相対的なものでしかなく、客観的な判断の基準にもとづいて形成された専門家集団ではありません。
ただ、国際映画祭が偶然の出会いの場であるというのと同じ意味で、審査委員会もまた小さな偶然の出会いの場として機能しております。それぞれの審査員は、その偶然をきわめて貴重なものと受け止め、その出会いを可能にしてくれた山形国際ドキュメンタリー映画祭に深く感謝せずにはおれません。今回は、カナダ、日本、フィリピン、ポルトガル、タイからの映画関係者が出会い、ある種の濃密な体験を共有したのち、昨夜、5時間を超える真摯な討論をかさねました。その結果はすでに発表された通りですが、私たちの年齢、世代、国籍がわずかでも異なっていれば、まったく違った選択になっていたことはいうまでもありません。
今回のコンペティション部門の参加作品のほとんどはヴィデオで撮られており、フィルムで撮られた作品はごく例外的でありました。この現実は、この映画祭が発足した20年前にはほとんど想像できなかったものであり、いかにも21世紀にふさわしいものだといえます。その間のデジタルテクノロジーの進化は、20世紀においては考えられなかったほど多くの人々を映画に近づけてくれており、それはまぎれもなく進化として歓迎さるべき事態であります。しかし、それが作品にかつてない多様さを保証したかといえば、必ずしもそうとはいいきれません。ある種の作品を見ていると、テレビ的ともいうべき画一化が映画を脅かせているといった印象を否定するのは困難であり、そこに、映画独特の時間、空間概念の喪失を危惧せずにはおれませんでした。にもかかわらず、4年前に『鉄西区』でわれわれを驚かせた王兵監督の新作『鳳鳴 ― 中国の記憶』のように、21世紀の映画の可能性をかいま見させてくれた貴重な作品に出会えたことは、われわれ審査員全員にとっての大きな幸運でした。
山形国際ドキュメンタリー映画祭は、これまでの受賞作品リストが示しているように、ドキュメンタリー映画の定義以前に、映画とは何かの問いを、撮る者と見る者の双方につきつけておりました。映画においては、フィクションとドキュメンタリーの差異は決して自明のものではなく、その境界線はたえず微妙に揺れ動いております。ドキュメンタリーであれ、フィクションであれ、映画において重要なのは、作者がその題材をいかに見せるかではなく、被写体に向けるキャメラを通して、作者が世界をどう見ているかを明らかにすることにあります。私たちは、世界を「どう見るか」という問題に惹かれるのであり、「どう見せるか」という技法に惹かれるのではありません。山形は、その発足時いらい、世界を「どう見るか」という問いが豊かに交錯しあう場を多くの人に提供してくれました。そこでの貴重な体験が、「また、山形で会おう」という合い言葉となって、世界に流通することになったのです。
「また、山形で会おう」という合い言葉をいっときもとだえさせてはなりません。今年から主催者となった特定非営利活動法人も、それを支える山形市民も山形県民も、そして日本、さらには世界の各地からこの地を訪れた映画作家や観客も、その誇り高い合い言葉をつぶやきつづけようではありませんか。この場においでの多くの方が、そうする覚悟をお持ちだと私は確信しております。
●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『鳳鳴(フォンミン) ― 中国の記憶』-
中国/2007/中国語/カラー/ビデオ/183分
監督:王兵(ワン・ビン)
傑出した女性を、深く、真摯に描き、忘れがたい印象を残した王兵監督にこの賞を授与することを審査員は全員一致で決定した。
●山形市長賞(最優秀賞)
『アレンテージョ、めぐりあい』- ポルトガル、フランス/2006/ポルトガル語/カラー、モノクロ/ビデオ/105分
監督:ピエール=マリー・グレ
民衆の間に伝わってきた歌や詩の伝統を取り戻すための貴重な記録を見せてくれたピエール=マリー・グレ監督に山形市長賞を授与することにした。
●優秀賞
『旅 ― ポトシへ』- イスラエル、フランス/2007/英語、スペイン語、ヘブライ語/カラー、モノクロ/35mm/246分
監督:ロン・ハヴィリオこの映画は複雑な家族間のダイナミズムを描くとともに、ドキュメンタリー作家の被写体への責任を捉え直している。映像によって記憶をとどめることが、家族をとどめるプロセスとなった。
●優秀賞
『M』- アルゼンチン/2007/スペイン語/カラー、モノクロ/35mm/150分
監督:ニコラス・プリビデラこの作品は、監督による感動的な探求をなぞりつつ、アルゼンチンの悲劇的な現代史を力強く論じている。
●特別賞
『垂乳女(たらちめ)』- 日本/2006/日本語/カラー/ビデオ/39分
監督:河瀬直美命の流れを驚くべき暴力と優しさで描いた『垂乳女』を特別賞に選んだ。
アジア千波万波
審査員:ビョン・ヨンジュ、仲里効
総評
アジア千波万波の作品は、とても多彩なアジアの現在をバラエティな視線で描いているものばかりです。最も私的な領域から環境、階級、民族の話を優しいまなざしで描いている全ての作品の中で、小川紳介監督の名前で授与される本賞の選考は、小川監督の精神とは何かという悩みから始まりました。私たちはその精神を今の時代の真実だと考え、それに見合った作品を支持します。
●小川紳介賞
『秉愛(ビンアイ)』- 中国/2007/中国語/カラー/ビデオ/114分
監督:馮艶(フォン・イェン)優しいまなざしで、カメラの対象であり友人であるビンアイを表現している映画『秉愛』に、わたしたちはドキュメンタリーの持つ根源的な癒しの力を感じることができた。そして、それはまさに、本賞の意味である小川紳介監督が後輩の監督に伝えてくれる最高の助言であると信じている。
●奨励賞
『溺れる海』- インドネシア/2006/インドネシア語、スンダ語、ジャワ語/カラー、モノクロ/ビデオ/94分
監督:ユスラム・フィクリ・アンシャリ(ユフィク)かつて人々に豊かさをもたらした海が陸に変わることによって、人々の生活も変わることを余儀なくさせられる。漁業がたちいかなくなるだけではなく森や農地になっても新たな問題に直面する。環境の変化に対してのカンポンラウトの人々が抱えた矛盾や葛藤を丹念に描き込んでいる。「海が溺れる」というメッセージはインドネシアのカンポンラウトの人々が抱えた現実だけではなく現代世界へのシグナルである。住民が積極的に映画に関わっていく「参加型映画」づくりを志す人々に勇気を与える作品になっている。
●奨励賞
『バックドロップ・クルディスタン』- 日本、トルコ、ニュージーランド/2007/日本語、トルコ語、英語/カラー/ビデオ/110分
監督:野本大クルドについて関心を持つことは難しいことではない。難民に関心を寄せることも難しいことではない。しかし、『バックドロップ・クルディスタン』の野本大監督は、難民であるクルド人一家の人生を見つめながら、今まさに、日本人としての自分自身を振り返っている。私たち審査員が最も支持する本映画の美徳はそこにある。
●特別賞
『雲の彼方に』- 台湾/2007/中国語、フランス語/カラー/ビデオ/102分
監督:蕭美玲(シャオ・メイリン)私たちの日常の中に浸透する電子の網。インターネットでの父と娘の対話は、私たちがすでに直面している現実である。ヴァーチャルな対話は親娘の関係をどのような次元に変えていくのか。ラストでの娘が父親を拒否するところと、娘の父親で監督の夫がカメラに向かって問い詰めるところは、撮ることの意味を根本的に考えさせる。台湾の動向をはさみながら、国家、国境、文化、政治を巡るアイデンティティの問題や親子の絆の在り方を問い直す。
市民賞
- 『ミスター・ピリペンコと潜水艦』
- ドイツ/2006/ロシア語、ウクライナ語/カラー/ビデオ/90分
監督:ヤン・ヒンリック・ドレーフス、レネー・ハルダー
『バックドロップ・クルディスタン』- 日本、トルコ、ニュージーランド/2007/日本語、トルコ語、英語/カラー/ビデオ/110分
監督:野本大