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受賞作品 審査員コメント


インターナショナル・コンペティション

審査員:オサーマ・モハンメド(審査員長)、ホン・ヒョンスク、サビーヌ・ランスラン、デボラ・ストラトマン、諏訪敦彦

総評
 我々審査員は、15本の映画を見ることで、その選択の豊かさと多様性がもたらす現代の世界のヴィジョンに、深く心動かされ、映画祭の期間を通して心を満たされることが出来た。拘束された人々、消された人々、声なき者たち、不在の者たち、女性たち、故郷を失った者たちに目を向ける映画たち……それは決して容易に映画として達成できるものではなく、映画作家たちはその表象のためのアプローチに多くのリスクを自らに課している。私たちが見て来たそんな映画たちは、映画というメディアには力があり、未だに世界を変えられる可能性を保持していることを、確信させてくれたのである。


●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
死霊魂
フランス、スイス/2018/495分
監督:
王兵(ワン・ビン)

「人間の本質」に分け入って行く稀有な叙事詩である。映画の本質に分け入って行く稀有な叙事詩である。存在はもっとも強力な証拠である。映画が歴史を呼び覚ます。


●山形市長賞(最優秀賞)
十字架
チリ/2018/80分
監督:
テレサ・アレドンド、カルロス・バスケス・メンデス

この映画は新しいドキュメンタリーの形の可能性を切り開く。その力は、その倫理と高貴さゆえのものだ。過去が蘇り、未だ正義がなされていない現代に取り憑く。木で作られた十字架が森に立てられるというシンプルなフォルムがこの亡霊たちに与えられるとき、我々は今なお世界を変えられる映画を信じるのだ。


●優秀賞
ミッドナイト・トラベラー
アメリカ、カタール、カナダ、イギリス/2019/87分
監督:
ハサン・ファジリ

2019年に出会った最も強烈なオデッセイである。監督と家族は、命を懸けた危険の中でもスマートフォンで記録し、ついには映画を作り上げた。時には映画が人生の最も切実な瞬間を捉えることができると証明してくれた監督に敬意を表する。待つことの退屈さと恐怖の時間を巧みに描いたこの作品は、新しい形の特別なロードムービーを提示してくれる。


●優秀賞
これは君の闘争だ
ブラジル/2019/93分
監督:
エリザ・カパイ

これは自由への運動を追う映画である。ブラジルの学生たちの闘いは、映像と声の流れを産み出し、そこに音楽的な拍動と明確に言うべきことを言う喜びを発見する。傍若無人にして明晰な、集団による提示が、まさに我々のこの時代を語る。


●審査員特別賞
インディアナ州モンロヴィア
アメリカ/2018/143分
監督:
フレデリック・ワイズマン

賢明なる人物(ワイズマン)がひとつのコミュニティの身体と魂にCTスキャンをかける――インディアナ州のモンロヴィアという街だ。寛大さとアイロニーに彩られたユニークな映画言語が、社会そのものが恒常的に共同で形成し続けているさまざまなステージを提示して行く。この映画言語は、そこに映し出される全てに通底する悲劇を思い起こさせつつも、あくまで決してそれを名指しすることなく、我々自身がその認識に自力でたどり着けるだけの広がりを与えてくれている。

 


アジア千波万波

審査員:楊荔鈉(ヤン・リーナー)、江利川憲

総評
 私たち審査員2人は、アジア千波万波の21作品について、一本一本取り上げて話し合っていった。7時間近くに及んだ話の内容は多岐にわたったが、結果は以下のとおりである。監督の性別、製作国、などは特に考慮しなかった。あくまで、作品中心の選考を行なったつもりである。そこには、21作品の監督・制作者らへのリスペクトの思いがあったことはご理解いただきたい。

 今年の作品内容は多彩で、映像詩のような作品、ドキュメンタリーとフィクションの関係を問うもの、実験的手法の作品、対象にストレートに迫ったもの、などが目立った印象があるが、どの傾向のものを重視したということもない。

 私たちが「小川紳介賞」と「奨励賞」を決めるのだ、という意識は強くあった。それは、結果として、社会的に深くかつ重大な問題をあつかった作品を選んだことに表れているかもしれない。特別賞についても検討したが、今回は該当作なしとなった。

 本映画祭開催を控えた10月9日、小川プロのメンバーで、小川紳介監督の伴侶でもあった白石洋子さんが亡くなられた。この場を借りてご冥福をお祈りいたします。


●小川紳介賞
消された存在、__立ち上る不在
レバノン/2018/76分
監督:
ガッサーン・ハルワーニ

消えた人々の存在が監督の手によって少しずつ明らかにされてゆくに従い、人々は真相へと一歩近づく。生者が死者を代弁するように、監督はシンプルな映像と自分だけの意志で、人類に共通する経験と命題を描き出す。死者よりも恐ろしいのは、生者の沈黙と隠蔽である。


●奨励賞
ハルコ村
カナダ/2018/100分
監督:
サミ・メルメール、ヒンドゥ・ベンシュクロン

カメラは私たち観客を監督の故郷へと導き、村の留守を預かる人々の息遣いや、女性に共通する宿命を、間近に体感させてくれる。一年また一年と待ちわびる時間の中で、彼女たちの生命には粘り強くしなやかな自我の成長の刻印がきざまれていく。


●奨励賞
エクソダス
イラン/2019/80分
監督:
バフマン・キアロスタミ

この作品は、小さな窓を通して人々の辛さや苦しみ、様々な人生模様を描いている。帰郷の路はあまりに遠く、彼らの置かれた境遇とその当惑は理不尽な秩序に縛られている。

 


市民賞

死霊魂
フランス、スイス/2018/495分
監督:
王兵(ワン・ビン)

 


日本映画監督協会賞

審査員:内藤誠(審査員長)、竹林紀雄、水谷俊之

総評
 山形校国際ドキュメンタリー映画祭2019は複雑化した世界の政治的、経済的状況を反映した作品が多く、とりわけ私たちが集中して見たアジア千波万波と日本プログラムは危機感を孕む人たちの生活感情を巧みに捉えている作品が目立った。

 いずれも興味深い作品のなかから私たちは『さまようロック魂』『気高く、我が道を』『アリ地獄天国』『東京干潟』『そして私は歩く』『山の医療団』を候補にあげ、各作品をていねいに論じたすえ、全審査員一致で、『気高く、我が道を』を協会賞に選んだ。


気高く、我が道を
イラン/2019/64分
監督:
アラシュ・エスハギ

『気高く、我が道を』は1979年の革命により、イランでは女性のみならず、男性が女装して踊ることも禁止されたという事態に基づくドキュメンタリーである。 だが、踊ることを愛する80才の男性は、牛を飼い、農作業をしながら、いまも機会を見つけては、女装してダンスをしている。
 カメラは踊るときの主人公の至福の表情を、哀しみとおかしさをまじえて、よくとらえている。風変わりな夫に文句を言いながらも、つい踊りに引き込まれる妻や、父親を理解する息子たちの優しさがいい。慰問に訪れた老人ホームでおばあさんたちがともに踊りを楽しむところなど、法律を超えて名場面だ。
 イランがかかえる現実を前に、個人がいかに自分の楽しみや踊りという芸術を守ろうとしているのかを考えるためにも、日本映画監督協会賞にふさわしい作品である。