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審査員
ニコラス・エチェバリア


-●審査員のことば

 いつかガブリエル・ガルシア=マルケスが言いました。自分をメキシコに引きとめたものがふたつある、それはお米とフアン・ルルフォの小説『ペドロ・パラモ』であると*。山形について読んで、私はこのふたつの巡り合わせに気づきました。山形では日本一のお米が食べられるそうですし、ルルフォは幽霊の物語を書いています。生きている人間の世界をさまよう苦悩する霊魂のことですが、これは溝口健二の『雨月物語』のような日本の映画でも共通するテーマです。

 また、ルルフォは奇妙な祭式のことを私に考えさせます。それは即身仏というもので、そこで仏教の僧侶は苦行である絶食と厳しい修行によって、神聖なものとなることを切望し、生きたまま自然にミイラになることを実践するのです。ルルフォの幽霊は生きている人たちのなかで共に生きようとし、この仏教の僧侶は死者のなかで共に生きようとします。

 ルルフォは上り下りする道について書いています。「行くのか来るのかによって、上るか下りるかだ。行く者にとっては上りであり、来る者にとっては下りである」と。死は肉体と魂が一方からもう一方へ通り過ぎ、上って下る敷居です。

 先住民のウイチョル族はそのことを“雲の扉”、すなわち精神の地理のなかに存在する境界と呼んでいます。巡礼者がそこを通過するときに精霊となるのです。それは神々の住む家への入口なのです。

* ガルシア=マルケスは、後年、メキシコで暮らし、メキシコで死んだ。


ニコラス・エチェバリア

1947年、メキシコのナヤリット州テピク出身。映画作家として40年近いキャリアを持ち、数多くのテレビ作品に加え、20本以上の映画を制作している。ビアリッツ映画祭で金杖賞、グアダラハラ国際映画祭でDICINE賞,国際カトリック映画視聴覚協会(OCIC)で受賞など、数々の受賞歴がある。また、1986年にジョン・ソロモン・グッゲンハイム記念財団、2002年にはロックフェラー財団より、それぞれ奨励金を取得している。初の劇映画『Caveza de Vaca』(1991)はベルリン国際映画祭で上映され、第63回アカデミー外国語賞にノミネートされた。最新作『山の木霊』(2014)は各国の映画祭で上映されている。



山の木霊

Echo of The Mountain
Eco de la montaña

- メキシコ/2014/スペイン語/カラー/Blu-ray /91分

監督、脚本:ニコラス・エチェバリア
出演:サントス・モトアポウア・デ・ラ・トーレ
撮影:ニコラス・エチェバリア、セバスティアン・ホフマン
編集:オマール・グスマン
音楽:マリオ・ラヴィスタ
音響:セルヒオ・ディアス
製作:ホセ・アルバレス、フリオ・チャベスモンテス、ジェイムス・ラメイ、マイケル・フィッツジェラルド
製作会社:Cuadro Negro, Ithaca LLC, Amadís, Diorama, Piano
提供: Piano www.somospiano.com

メキシコ、ウイチョル族のビーズを使って創作される壁画は、文化遺産として世界的にも認知されるも、民族の伝統的な生活文化は忘却されつつある。ウイチョル族のアーティスト、サントスは、新たな壁画の創作のため、シャーマンや家族とともに、聖地ウィリクタまでの620キロのペヨーテ巡礼を歩いて旅し、生け贄を捧げ、神の許しを請う。サントスが訥々と語る、色鮮やかな壁画に込められた歴史、文化や神話が紡ぐ深淵な世界とは対照的に、その聖地は、厳しい自然環境のため住民も去り、経済開発の波に脅かされている。先住民の生活や文化を撮り続けてきた監督が、サントスの編み出す画とことばを通じて、ウイチョルの人々の「現在」を描く。