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YIDFF 2013 インターナショナル・コンペティション
チョール 国境の沈む島
ソーラヴ・サーランギ 監督インタビュー

希望こそがリアル


Q: 本作でも国境という“境界”が扱われていますが、そうした境界が、監督の作品の重要なテーマのように思われます。

SS: 確かに、私にとって境界は大きな問題で、前作『ビラルの世界』にも宗教間の境界や、目の見える人/見えない人の間の境界がありました。境界とは、相手と交渉できる場所、可能性のある場所ですが、同時に、人が対立する場所でもあります。私が境界にこだわる要因に、1947年のインドとパキスタンの分離があります。ヒンドゥー教の国とイスラム教の国に分かれたものの、どちらにもマイノリティとしての異教徒が暮らし、争いが絶えません。国内でも宗教間の対立を抱える隣国同士が、宗教の違いを理由にさらに争う。宗教で国を分けるのは、非常に馬鹿馬鹿しいことです。

Q: 監督の作品の映像・音声の美しさは、ドキュメンタリーというよりフィクションを観ているようです。その“境界”も含め、制作のうえで意識していることはありますか。

SS: 私は自分自身をストーリーテラーであると考えます。またフィクションこそが映画の精神であり、脚本を書き、登場人物を設定し、自分の中の世界を再現するのが映画だと思っています。はじめに脚本が存在するフィクションに対し、ドキュメンタリーは逆の過程を辿ります。それは“反転したシナリオ作成”で、まず撮影し、それから物語を作るのです。ドキュメンタリーとフィクションの間の境界は、作り手それぞれに委ねられているのではないでしょうか。私は、ジャンルにかかわらず、映画は観客から感情の動きを引きだすのが重要だと考えています。本作では、主人公のルベルを観て感情を動かされて欲しいのです。さらに私は、危険を感じさせる映画を愛しています。その危険とは不確定、不可能ということです。私たちは不可能なものに向かうとき、はじめて生きること、映画を作ることができます。本作でも、浸食・風景・人物・ダムなど、あまりに多くの要素を持つ膨大な素材群を前にして、私のアドバイザーは「ひとつの作品にまとめるのは無理だ」と言いました。しかしこの言葉をきっかけに、私はストーリーテラーとして動きはじめました。人間は想定を超える危険な領域に足を踏み入れた時に、自分の中の普段使っていない力を引き出して、ものを作るのです。それは映画に登場する人物にも同様で、極端な状況におかれることで、自分の中の新しい力を見出し、なにかを為すのです。

Q: 困難な状況の中でも「希望は現実になる」と答えるルベルの強さは、どこから来るものでしょうか? そして、ルベルの将来については?

SS: ルベルは現在インド南部ケーララ州のホテルで働き、家族のために仕送りをしています。彼の将来に関して心配することはありません。ルベルの強さは、彼が希望を固く信じていることからくるのだと思います。島の上には自転車・携帯電話・テレビと様々なモノがありますが、それらは沈む島とともに消えゆくもので、リアリティがありません。ここでは目に見えない希望こそがリアルなのです。この島は、希望で構成された、希望のかたまりです。そしてこの島だけでなく、本来ならすべての土地、すべての人が希望でできているのではないでしょうか。国境のかわりに希望を。これは、このドキュメンタリーで、私が伝えたかったことです。

(採録・構成:野崎敦子)

インタビュアー:野崎敦子、鈴木規子/通訳:カトリーヌ・カドゥ
写真撮影:岩田康平/ビデオ撮影:野村征宏/2013-10-15