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審査員
安里麻里


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●審査員のことば

 私は劇映画の中にドキュメンタリーを感じ、ドキュメンタリーの中に劇映画を感じてきた。映像作品というものは、とどのつまり、作家が何に視点を置いているか、何が人間だと信じているか、何が世界だと信じているか、それらの表現だと感じる。映像の世界は作り手の数だけある無数の世界だ。そこが面白い。いや、というより、人間は本来、日々それぞれのスクリーンに世界を投影しているだけで、映像作品はそれが表現物として物質化したものなのだろうけど。

 私は日常、ドキュメンタリーを観ながら夕飯を食し、寝る。何故だか分からない。が、何十年もそれが生活パターンになっている。そのためか私が脚本を書く時、アイディアの着想はドキュメンタリーで観た誰かや何かである事が多い。スタッフやキャストへの説明でもドキュメンタリーで観たことを話す事もある。その方が彼らの腑に落ちやすかったりもする。

 私は常々思うのだが、人間の一瞬にして湧く感情は非常に複雑で、言葉ひとつで表せない。「悲しい」「嬉しい」「楽しい」など一個の感情は、本来存在しない。

 私は劇映画やドラマを撮る時、真っ先に俳優に言うのはそこだ。意味の芝居をしない事。相手を目の前にして会話をした瞬間、湧いた感情をそのままだす事。私の演出を聞かないで良い。自分の作ってきた芝居をしないでいい。そして1回しかカメラを回さない。そうしていると、息もできないほど生々しい空気がカメラの前に生まれたりする。それが楽しくて仕方がない。ドキュメンタリーは、俳優でない被写体の顔にそれが特に見て取れる。私はそれを欲しているのかもしれない。たくさんのドキュメンタリーが観たい。人間の思わぬ顔、その一瞬に湧いた言葉ひとつで表せない感情を、もっと観たい。審査員をやらせて頂くにあたり、私の強い興味はそこにある。

 そこにはどんな映像作品が待っているのか。どんな瞬間が待っているのか。作り手は何にカメラを向け、世界を捉えたか。言葉にならない瞬間をいくつも観たい。きっと素晴らしい唯一無二の作品が待っている。


安里麻里

映画監督、脚本家。沖縄県出身。横浜国立大学在学中に映画美学校に第一期生として入学し黒沢清に師事。その後、東京藝術大学大学院にて北野武に学ぶ。黒沢清、塩田明彦などの助監督を経て、2004年に沖縄独立を目指し暗躍する沖縄アイドルグループを描いたアクションコメディ『独立少女紅蓮隊』で劇場長編映画デビュー。その後、映画、テレビドラマにおいて活躍。最新作ドラマ「ただ離婚してないだけ」(2021)はテレビドラマの規制限界に挑戦した演出で話題になった。最新作映画『アンダー・ユア・ベッド』(2019)は愛する女性への一途で純粋な思いが昂じ、彼女の家のベッドの下に潜んで生活を見守るという行為に走る孤独な男を描き、ロンドン・イースト・アジア映画祭、ニッポン・コネクション映画祭に出品された。その他の作品に『バイロケーション』(2014、東京国際映画祭、ウディネ極東映画祭出品)、『劇場版零〜ゼロ〜』(2015、ストックホルム国際映画祭出品)。『氷菓』(2017、富川国際ファンタスティック映画祭出品)などがある。