私映画から見えるもの |
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PROGRAM C 自我を越える
編集は映像制作者の切り札と言われる。作り手の意図を強く反映させることのできる、映像と音声の織り上げの作業。前田真二郎はこの特権を、独自開発した自動編集ソフトなどオートメーションに委ねる試みを始めている。個人の生活の断片が「作者の意図を越えて、多様な情報を残し」ていく特徴を生かし、見る人の記憶との呼応に期待する。
ちっぽけな自意識や個人的な自我を越えたいとの希求は文明史に新しくない。『ギャンブル、神々、LSD』の登場人物が《個体としての自己同一性》と《大いなる存在》とのバランスを追い求めるように、ピーター・メトラーのカメラも《意味を操作する》映画作家であることと《あるがままの存在》への畏怖の間を直感的に揺れ動く。
ふたつの作品には大自然と人間の内なる調和の関係が深く印象的である。
日々 "hibi" 13 full moons
"hibi" 13 full moons- 日本/2005/日本語/カラー/ビデオ/96分
監督、提供:前田真二郎
2004年の365日を毎日、カメラつきノートパソコンでワンカット15秒撮影。撮影の時間帯は月の周期に準じた。無編集につないだ“自動的”な映像が生み出す「私」性は生き生きしていた。
前田真二郎 1969年生まれ。主にビデオメディアによる映像作品を制作。映像ライブパフォーマンスなど他領域アーティストとのコラボレーションも積極的に行う。『王様の子供』(1998)、『オン』(2000)などを発表、『INOUE SHINTA PROJECT OF SHEPHERD 1999』(1999、YIDFF '99上映)では井上信太と、『松前君の死のための映像』(2002)では大木裕之と合作。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)助教授。 |
ギャンブル、神々、LSD
Gambling, Gods and LSD-
スイス、カナダ/2002/英語、他/カラー/35mm/180分
監督、脚本、撮影:ピーター・メトラー
編集:ピーター・メトラー、ローランド・シュリンメ
録音:ピーター・ブレイカー、ピーター・メトラー
音楽:フレッド・フリス、ジム・オルーク、クヌト&シルヴィ、ヘンリック・ゴレツキ、他
エグゼクティブ・プロデューサー:アンドレアス・ツスト、アトム・エゴヤン、ピーター・メトラー
プロデューサー:アレクサンドラ・ロッキングハム・ギル、イングリッド・ヴューヒンガー
共同製作:コーネリア・ザイトラー 製作会社:マックスイマージュ社
提供:スイス・フィルムズ
宗教、ドラッグ、セックスなどを通して生の“恍惚”を探求する人々と出会う旅はトロント、ネヴァダ、スイス、南インドに及ぶ。映画を作る“私”と、個を超えた万物の複合体に到ろうとする人々の姿が重なる。
ピーター・メトラー 1958年、トロント生まれ。ドラマ、エッセー、実験、ドキュメンタリーなどジャンルをまたぐ映像作家。『The Top of His Head』(1989)などの劇映画、叙情的な日記映画『Balifilm』(1997)などを監督。『ピクチャー・オブ・ライト』(1994)はYIDFF '95で優秀賞を受賞。 |