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YIDFF 2017 インターナショナル・コンペティション
自我との奇妙な恋
エスター・グールド 監督インタビュー

映画を撮ってはじめて見えた姉の思い


Q: この映画は、自分のお姉さんの一生を、他人の人生を通して描いているのが特徴です。その方法にたどり着くまで、どのような試行錯誤がありましたか?

EG: 最初は「人はどのようにナルシストになるか?」という、自己愛を考察する映画を作るつもりでした。私は自我の強い人が大好きで、ナルシシズムを面白おかしく描くことができると思っていました。しかしプロデューサーに、もっと個人的なことを入れるべきだ、と言われ、姉が昔過ごしていた街や学校で、彼女を思い起こさせる人々を探すことにしました。そこで出会った人々の生き方に、姉と似通っている部分がたくさんあったんですね。

 姉は『ダロウェイ夫人』という小説に影響を受けていましたが、映画に出てくるヴィヴィアナも『ダロウェイ夫人』をもとにビデオアートを作っていました。よく語っていたフェミニズムについても、姉の通ったロンドンの芸術学校の学生は、今も活発に議論しています。偶然の幸運がいくつか重なって、劇映画ではなく、出会った現実で映画を構成できました。

Q: 登場人物が「自撮り」をするシーンが、あちこちで挿入されています。これは、お姉さんが生きてきた時代にはなかったことです。時代による自意識の変化を、映画に反映させているのですか?

EG: イエスとも、ノーとも言えます。ナルシシズム自体はギリシャ神話の時代からありますし、若者がナルシスティックという言説もずっとあるので、現代のSNS世代の人々が自意識に特に敏感だとは思いません。しかし、しわを取るとか小顔に見せるアプリの流行は、私たちから醜さや闇を受け入れる土壌を奪ってしまう気がします。受け止めるべきことをなきものにしようとする文化は、精神を病む人を生むと思います。そういう意味では、今のほうがより危険な時代かもしれません。

Q: お姉さんに対する感情のやりとりは、ナレーションではなく、テロップで表現されています。それがお姉さんとの関係性の表れなのかなと感じました。生前は、どのような距離感で接していたのですか?

EG: 私と姉は2歳半離れていますが、小さな村でいつも一緒に育ったので、とても親密でした。崇拝する気持ちもありました。大きくなって、彼女がロンドンやロサンゼルスで人生の試行錯誤をしていたころも、頻繁に手紙のやりとりをしていました。ですから、姉に対する気持ちをボイスオーバーで語ろうとしても、なかなかまとまらずに悩んでいました。あるとき編集者が、「タイプしてみたら?」とアドバイスをくれたんです。何百もある姉の手紙やハガキから、適切な言葉を選んで、テロップを作っていきました。文字にすることで、姉の思いや姉に対する自分の思いにきちんと向き合えた気がします。

Q: 映画を作って、お姉さんについてあらためて気づいたことはありますか?

EG: 今回、姉の手紙をあらためて読み直してみると、受け取ったときには気づかなかった彼女の自己懐疑に気づきました。かつての私は姉を理想化するあまり、そういった闇の部分が見えていなかったんですね。生前の彼女の体験は、私にとってはワイルドすぎて、正直ついていけない感じもありましたが、私も映画を撮ることで、姉と同じく、夢見ることに長く人生をかけすぎたかもしれません。4年半ものあいだ、ナルシシズムについても考えすぎたので、自我を押し出す生き方には、今はちょっと食傷気味ですね。

(構成:佐藤寛朗)

インタビュアー:佐藤寛朗、永山桃/通訳:山之内悦子
写真撮影:キャット・シンプソン/ビデオ撮影:キャット・シンプソン/2017-10-10