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YIDFF 2005 ニュー・ドックス・ジャパン
山中常盤 牛若丸と常盤御前 母と子の物語
羽田澄子 監督インタビュー

生き生きと蘇る絵巻の力


Q: 絵巻を撮ることになった経緯についてお聞かせください。

HS: ずいぶん長い経緯があってですね、はじめて絵巻を撮ってみたいと思ったのは、もう30年以上前なんです。近世初期の風俗画についての映画を作った際に、屏風絵を撮ったことがあるのです。それはパッと見ただけでは、それほど力強い絵というわけではなかったのですが、映画に撮ろうと思って、ライティングしてカメラを覗くと、フレームの中に生き生きと人物が浮き上がってくるんですね。それで、ドラマが繋がっていく絵巻物を撮ったらもっとおもしろいのでは、とその時思ったんです。でも、なかなか撮る条件を満たす絵巻というのは見つからなくて。それである時、美術史家の辻惟雄先生が書かれた『奇想の系譜』という風変わりな絵描きについての本を読んだんですね。その中の、岩佐又兵衛の書いた絵巻におもしろいものがあったんです。それがMOA美術館にあるということで、実物を見に行ったんです。「山中常盤」というのは17世紀に描かれているのですが、彩色がきれいに残っていて保存状態もとても良い。だから、これは映画になる、と思って。でも、こちらも老人問題の映画が立て込んでいて、美術館から撮影許可をもらってから8年ぐらい手をつけられなかったんです。一段落して撮影ができたのが1992年でした。で、撮影はしたのですが、その後それをまとめる時間がなくて、それからまた10年置いてやっとまとめたんです。結局、当初絵巻を撮ろうと思ってから37年が経っているんです。

Q: 絵巻の撮影はどのように行ったのですか?

HS: 持ち出しは当然できませんから、美術館の一部屋を借りて、40日かけて撮影しました。絵巻は12巻あって、全巻で150mぐらいになるんです。1巻ずつ広げて撮るんですけど、私たち素人が手を触れるのは危険なので、プロデューサーの工藤が、絵巻を置く長い台を設計したんですね。はじめは水平に置いて、撮影の時は少し上げられるようにして。絵巻がずれ落ちないように下に支えを作って。また、カメラが移動してもし何かあったらいけないので、すべてフィックスで動かないように固定しました。そして、絵巻をのせた台をレールの上に乗せて動かすようにしたんです。照明も絵を傷めるといけないので、すべて反射光で撮りました、とにかく準備が大変でした。

Q: 古浄瑠璃の曲が、重要な役割を果たしていますね。

HS: 古浄瑠璃の語りの言葉というのは、絵巻の中に書いてあるのですが、曲はすでに絶えてしまっています。そこで、文楽の鶴澤清治さんに相談したら、快く引き受けてくださったんです。ただ、人形浄瑠璃の作曲は半年かかるんですね。一番困ったのは、浄瑠璃の語りのテンポがどうなるのか、撮影している時にはわからなかったのです。だから、音と絵をあわせるために何遍も編集をやり直しました。

Q: 常盤殺しの場面など、強烈な描写がありますね。

HS: カメラの中で拡大してみると、微妙な筆遣いがよくわかるんですね。そして紙とか墨とか、絵そのものは立体になっているんですよ。そうすると、何かそれを書いた人の勢いとか、筆遣いとか、息遣いとかが自ずと出てくるんですね。生きている人間はうつっていませんが、その何百年も前の人がそこに生きているような筆遣いがあるわけですよ。ですから、やっぱりそこには人がうつっているんですよ。

(採録・構成:橋浦太一)

インタビュアー:橋浦太一、加藤初代
写真撮影:加藤初代/ビデオ撮影:加藤孝信/ 2005-10-04 東京にて