綿井健陽 監督インタビュー
イラクから見える世界 “記録としての映画”
Q: ドキュメンタリー映画として出品した理由を教えていただけますか?
WT: ジャーナリストとして新聞、雑誌、テレビというマスメディア媒体で、今までニュースを伝えてきたけれども、映画という媒体は未知の世界だったので、新しい分野で「いま世界で起きていること」を伝えていこうと思いました。50年後、100年後に、イラク戦争が何だったのかと振りかえる時、テレビでは過去の映像を一般の人たちが見ることはできませんが、映画は「映像記録」として何年先でも残り、ずっと世の中に伝え続けることができると思いました。
Q: 作品を撮るにあたって、心がけたことがあったら教えてください。
WT: 基本的に、僕らのようなビデオジャーナリストの場合、「作品を撮る」という意識が最初からあるわけではありません。あくまでも伝える手段です。作品ではなく、映像表現と言われるほうが、僕は好きですね。
僕にとってこの映画は、芸術性よりもイラクで何が起きたのか、イラクの人々がどんなことを考えているのか、あの戦争は何だったのか、ということを伝えるための手段ですね。映画のためだけに取材をするというのは、これまでもなかったですし、これからもないですね。重要なのはそこで何が起こっているのか、ということを正確に伝えること、なるべく多くの人に、早く伝えたい、そしてずっと記録として伝えられるものを残していきたいですね。
Q: 日本の自衛隊のシーンを、なぜ離れたところから撮ったのでしょうか?
WT: この映画には、様々な立ち位置が見えると思うんですね。まず第一に撮影している僕の立ち位置です。それから空爆される側、攻撃される側、殺される側のイラク人たちの立ち位置。彼らが日本をどう思っているのか、彼らの置かれている状況がどのようなものなのか。そしてまた一方で、米軍兵士の立ち位置も見えてくると思います。僕の質問に米兵がたじろいでるリアクション、米軍がイラクにいることの居心地の悪さなども見えてくると思います。
そんな中で自衛隊のシーンは、自衛隊の活動ではなくて、それを取り巻く日本のメディア状況が見えてくる。あの光景は、イラクで撮った映像ですけれども、日本国内でも同じような光景を眼にすることができます。たとえば、今回の総選挙です。小泉首相とそれを取り巻くメディアは、互いにもちつもたれつ、政治の側もメディアを利用している。あの構図は、日本の政治とそれを取り巻くメディアの立ち位置が映し出されています。
それに対し、僕がどういうアプローチをしているか、ということは映画のシーンをご覧になればわかると思いますが、実はメディアと政治だけの関係ではなく、日本のイラク戦争をテレビで見ている私たちの視線への問いかけでもあります。たとえば、普段テレビを見ている人たちも、小泉首相の演説を聴きに行くというよりも、彼の顔や姿を見に行ってますよね。あの光景は、今の日本の光景でもあり、鏡のようでもあると思っています。
映像は、基本的には鏡としてこちら側の姿や社会を映しますから、そうしたあらゆる立ち位置、あらゆる意識が映し出されている。何気なく見ていると、あの自衛隊のシーンは、「日本のメディアは馬鹿だな」と思うかもしれませんが、そうではなくて、もう一歩想像力を働かせてほしい。実はひょっとしたら、自分の顔だってあのシーンの中にあるんじゃないか、あの光景はいまの日本の社会なんじゃないかな、ということまでつなげて見ていただければ嬉しいですね。
(採録・構成:石井玲衣)
インタビュアー:石井玲衣、森山清也
写真撮影:猪谷美夏/ビデオ撮影:橋浦太一/ 2005-09-20 東京にて