佐藤真 監督インタビュー
境界線上で揺れ続けること
Q: エドワード・サイードが、既にこの世にいない状況での映画作りだったと思います。それは『阿賀の記憶』(2004)と同様に不在に対峙することになったと思うのですが?
SM: この作品では、僕があまりにもサイードのことを知らないというのが根本にあるんですね。パレスティナにせよ、彼の痕跡が残るレバノン、カイロについても何の引っ掛かりもないし、初めて行く場所だったわけです。だから『阿賀の記憶』のように、見知った地で色々な意味が浮上してしまう場所とは、決定的に違うんですね。彼が育った場所、彼の痕跡が残る場所を探して、対話できる人を見つけていくしかないと。僕は言葉として不在とは言っていますが、サイードが語ってきたような境界線上で揺れ続ける人々と、いかにして出会えるのか、それが映画の精一杯できることだったわけです。
Q: 政治的な大義から距離を置く、というのは『阿賀に生きる』(1992)から一貫した佐藤監督のスタンスですが、今回はどのように考えたのですか?
SM: サイードを通して、パレスティナ問題を語るような映画にはしたくない、というのはありましたね。サイードもまたパレスティナ問題を語った人ではない。確かに政治的な発言も多くありますが、それは彼のひとつの側面でしかないんですね。サイードを追いかけてわかるのは、自分はどこに行っても居心地が悪いのに、そのことを正直に認めて突きつめてきたということ。実際、サイードの家族は特権的な階級であるし、サイードの人生は、パレスティナ人の典型ではないんです。いつも周縁であり、どこでもメインストリームから外れていたんですね。これまでも、色々な形でパレスティナ問題を語ってきたものは、国内外に数多くあります。でもそういう政治的な文脈でパレスティナ問題を撮ろうというつもりはなかったんです。あくまでも、サイードという人を通じて見えてくるものを、非政治的な文脈の中で、語っていこうと考えていました。だからこだわっていたのは、かつてのサイードの家に住んでいた、3人のシリア人の青年だったりね。サイード的なことからまったく無関係な人の中に、サイードが提示した問題を見ようという意図がありましたね。
Q: 混沌や多様性そのものを肯定していく、それがサイードの根本にありますね。
SM: サイードの思想を要約するのは、非常に難しいのですが、この映画を通じて語れることは、世の中には様々な境界線があって、そこに、亀裂や軋みで苦しんでいる人々がいる、その象徴的な場所がパレスティナで、世界の様々な問題の震源地でもあるわけです。そこの現場の中でサイードは生きてきて、発言を続けてきたんですね。あの場所には、暴力と亀裂があるのですが、同時に、大らかな多様性が確かにあるのです。それが国家主義、民族主義的な対立を煽るような方向に組織されていることは事実です。しかし、一人ひとりの人生の中に分け入っていくと、はっきりと大義に吸収される生き方ではないものがあって、それがこの映画のひとつの視点です。どこでそれが見えてくるかといえば、パレスティナの難民キャンプの暮らしや、イスラエルのキブツだったりするんです。キブツでは、何も知らずにロシアから来たおじさんたちが暮らしていたりする。これがイスラエルの現実なんですね。そういう多様な在り方を肯定することからしか、始まらないと思います。
(採録・構成:橋浦太一)
インタビュアー:橋浦太一、加藤孝信
写真撮影:田中陵/ビデオ撮影:加藤孝信/ 2005-09-13 東京にて