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2001-09-26 | ロバート・クレイマー特集関連企画
「ヤマガタ・ドクス・キングダム」セミナー

 ロバート・クレイマーが1987年にポルトガルのリスボンを舞台に撮影したアメリカ、故郷、を素材に自分自身への深い問いとして製作された『ドクス・キングダム』。そのタイトル名を引用した「ドクス・キングダム」セミナーはポルトガルの東部にある小さな町セルパで昨年の10月に初めて開催された。セミナーの目的はドキュメンタリー映画の置かれている状況とコンテキストを探究することにより、ドキュメンタリー映画の意義と必要性を模索しようとするものである。その方法はいたってシンプルで、ベテラン組(前回だったら、アルタヴァスト・ペレシャン、エドゥアルド・クーティーニョなど)と若手作家組(ペドロ・コスタ、セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ、ジャ・ジャンクーなど)の山形映画祭でもお馴染みの作家たちをパネリストとしてバランスよく混在させ、パネリストたちの映画の上映後に2-3人の映画作家による対話を行う。同時に参加している映画学校の学生、関係者たちもその公開討議に参加する。その議論はリラックスした雰囲気のなかでグループ作業を積み重ねながら3日間に亘り開催される。クレイマーが幾度となく主張している、「対話を創る」ことこそがこのセミナーの出発点である。

 セミナーの主催者であるポルトガルのシネマテーク、ヨリス・イヴェンス財団を共同パートナーに迎え、今年は山形映画祭での「ドクス・キングダム」セミナーである。さて、今回は誰がパネリストでテーマは何か? 実はまだ全てが未決定である。その中身はまさに映画祭開催日の10月3日から徐々に形づけられていく。事前に決めておくことを一切止めて、映画祭へ向かう新幹線の中、各会場、通り、香味庵などのあらゆる場所での人と人との出会いと対話からこそ、このセミナーのテーマそのものを創出させようとする大胆な試み。この前代未聞のユニークなセミナーの誕生を促し、目撃できる人はこのセミナーに参加する人たちである。また、刻々と形成されていくさまを映画祭デイリーニュースで開催前日まで毎日お届けするつもりである。山形映画祭ならではの「ヤマガタ・ドクス・キングダム」セミナー、開催日の8日までにいかに成長するか? 少なくとも現時点で気配として感じることはアメリカのテロ事件以前とはまるで違ったものになるのであろうということぐらいである。

 最後にクレイマーのホームページ に掲載されているクレイマー自身による文章を紹介したい。

 私は元気だ。今映画を完成しようとしている。この映画は好きだ、だが同時に悲しくもある。時間が移り行くことを、世界が変わりつつあることを強く感じているからだ。そして私がそこに立とうとしていたささやかなスペースが、私の足の下で消えつつあるような気がする…映画だけでなく、人生まるごとが(それに我々が自分のなりたい人間、なろうとした人間になること、我々がやってきたことを可能にしてくれた“思想”の多くも)。私は自分の状況が危機的なものだと感じている。もちろん経済的にもそうだ。それに私がそもそも、なぜヨーロッパに来たのかの大きな理由、たとえば文化に対してある種のサポートがあったことなどが、もはや存在していない。ヨー ロッパはこの意味でどんどんアメリカに似通いつつある。愚痴を言っているのではない、ただ悲しいのだ。まるで『ウォーク・ザ・ウォーク』の音楽のように、あのトーンのように、素早い流れが自分を流していってしまうように、あるいは自分の足下の砂をどんどん洗い流して行くように。私は本気で悲しみたい、心配したいわけではない。この流れに自らの身を投じて、この人生の終わりにどこに行き着くのかまでも見届けたい。まあ、これが今朝の気分だ。もちろん、他にも君に言うべきことはたくさんあるし、それはこの週末にやってみるつもりだ…編集室に行かなくてはならない時間なのでね。顔を洗って、髭を剃って服を着て、列車に乗って郊外に向かい、そして…そんなこと全部だ。君と君のウィットにたくさんの愛を、君の周りではものごとはどのように見えているかね? (訳:藤原敏史)

(ロバート・クレイマー特集 プログラム・コーディネーター 小野聖子)