今村彩子 監督インタビュー
私のダメな所がすべて映ってしまいました
Q: 旅をはじめる前、こんな映画にしようという方向性はありましたか?
IA: 私も伴走者の堀田さんも、旅の途中で出会った人たちに助けてもらって「ありがとう」というような、心温まる映画ができるのかなと思っていました。そして、私がだんだん成長してコミュニケーションが取れるようになるという映画をイメージしてたのですが、まったく違うものができてしまい、ふたりともビックリという感じです。
Q: 伴走者である堀田さんから叱られつづけ、どんどん険悪な仲になっていきますが、旅の最中、堀田さんのことをどう思われていましたか?
IA: 最初は「楽しい旅がはじまる」と思っていたのですが、初日からたくさん叱られ、「何でそこまで怒るの?」という気持ちでした。夜になってひとりになると「ああ、堀田さんは私のために叱ってくれてるんだな」と素直に反省しましたが、朝になり、また同じことで叱られ、「そんなきつい言い方しなくてもいいじゃない」という気持ちになりました。夜ひとりになるとまた「私のために叱ってくれてるんだな」とその繰り返しでした。
Q: 映画のために、堀田さんにあえて怒られるよう仕向けた、ということはあるのでしょうか?
IA: 1日平均70キロメートル走っていたので、精神的にも肉体的にも疲れていて、映画のことは全然頭にありませんでした。カメラを廻す気持ちもなくなり、堀田さんが「そんなんじゃ映画ができなくなる」とカメラを廻してくれるようになったんです。私を叱っているときもカメラを廻していました。私はそのとき、絶対こんな場面は使わないと思っていました。自分が監督だから、あとで編集でカットすればいいので「撮るのをやめて」とも言いませんでした。だから、私のだめなところがすべて映ってしまっているんです。旅が終わったあと、「自分は全然監督らしいことをやってない、自分は今まで何をやってきたんだ」とすごく落ち込みました。そして堀田さんから「もし、できなかったなと思うのであれば、そのできなかったことを映画に出してみたらどう?」と言われました。その時はまだ自分の気持ちの整理がつかず、どんな映画にするかというのも全然考えられなかったのですが、その言葉はとても心に残っています。
Q: 旅の終盤、聴力を失った外国人の旅人ウィルが登場しますが、彼と出会って何を感じましたか?
IA: これは奇跡的な出会いだなと思いました。彼も宗谷岬まで走るというので、最後の6日間は3人で走りました。ふたりだったら叱られるけど3人だったら楽しいから、最初のころは嬉しかったです。ところが、外国人で耳が聞こえず、コミュニケーションが私よりも難しいウィルが、積極的に自転車乗りの輪の中に入っていって、交流している。それが羨ましくも悔しくもあり、彼と居ることがだんだんしんどくなってきました。でも、堀田さんに言われていた「あなたがコミュニケーションできないのは、耳が聞こえないからではなく、下手だからだよ」という言葉が、そのとき初めて心に落ちました。
Q: 今回の旅を終えて、ご自身に変化はありましたか?
IA: 今でも、多くの人が話している輪の中に入っていくのは、勇気が必要で苦手です。でも一対一とか、「この人と話してみたいな」という気持ちがあれば、声をかけられるようになりました。「自分は耳が聞こえないから、相手が困るだろうな」というふうには考えなくなりました。
(構成:大川晃弘)
インタビュアー:大川晃弘、楠瀬かおり/手話通訳:鈴木章子
写真撮影:薩佐貴博/ビデオ撮影:薩佐貴博/2017-10-10