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YIDFF 2013 日本プログラム
ある精肉店のはなし
纐纈あや 監督インタビュー

問題ではなく、人を描きたい


Q: 被差別部落や屠畜など、重たいテーマを含んでいますが、印象的だったのは、新司さんやおばあちゃん、昭さんなどの魅力的な人たちが描かれていたことです。いわば、『ある精肉店のはなし』は“家族を描いた映画”だと思いました。撮影をする中で、監督が映画で描きたいテーマはどのように変わっていきましたか?

HA: 映画では、“問題ではなく、人を描きたい”とのこだわりがあり、当初から一貫しています。それは、前作『祝(ほうり)の島』も同じでした。それとは別に、もともと部落や屠畜に興味があったのですが、映画にするには見せ方の配慮が必要な難しいテーマだとも思っていました。そうした中で、7代続けて屠畜という生業に向き合い続けてきて、人間的魅力にもあふれた北出さんたちと出会い、部落や屠畜をテーマにしながら人を描くことができると思いました。

Q: どのようにして撮影が実現したのでしょうか?

HA: 半年間、撮影のお願いに通いました。北出家の長であり貝塚解放同盟の支部長でもある新司さんは、家族や地域への影響を考え、撮影を許可するのに慎重でした。そんなとき、地域の方を集めて『祝の島』の上映会をしていただき、人々の暮らしを描く映画が、形を変えていまだに残る差別をやわらげる糸口になる可能性を認識していただきました。新司さんから「やりたいように撮ってください」と言ってもらった日は、帰りの電車のホームで「やった……!」と一人で喜びを噛みしめました。また、屠場の写真を撮り続けていたプロデューサーの本橋さんが積み重ねてきた、“信頼”という土台もありました。

Q: 北出さんたちを魅力的に描けた秘訣はなんでしょうか?

HA: 私は撮影をいわば口実として、北出さんたちと一緒にいることを楽しんでいました。監督として指示をするというよりはとにかく動き回っていて、昭さんから“現場監督”と言われこともあります。撮影中は1年間、北出精肉店のすぐ近くに部屋を借りました。彼らはいつお客さんが来てもいいようにと、いつもごはんを多めに作っていて、毎日ごちそうになっていました。

Q: 映画では“手”のクローズアップが多く、お肉をつつむときや、牛をさばくときなどの手つきがとても印象的です。「ああ、これが手か」という発見の感覚がありました。

HA: とてもうれしい感想です。私も、彼らの自分以外の何かに触れるときの手が、とても優しい雰囲気をまとっているように思いました。『祝の島』の漁師さんもそうでしたが、ずっと命あるものを扱っている手には、対象への敬意が表われます。

Q: 儀式のようにも思える屠畜のシーンですが、1つ1つの作業が丁寧に描かれているように感じられます。特別な思い入れがあったのでしょうか?

HA: 屠畜のシーンを編集するときは、特に気を使いました。屠場は静かで、厳かで、言葉にし難い雰囲気があります。彼らの牛を解体する手つきが、優しく細やかで、誤解をおそれずに言うと、自分が牛なら北出さんたちに肉にしてもらいたいくらいです。現代では、私たちは屠畜という行為から離れてしまっていますが、ずっと寄り添っていた彼らから多くを学ぶことができます。以前まで私は、どうしても理屈で考えてしまい、食肉になる動物を愛情を持って育てるということが、なかなか理解できませんでしたが、彼らの営みの中では当たり前のようにそれができていることに感動を覚えました。

(採録・構成:松下晶)

インタビュアー:松下晶、野崎敦子
写真撮影:小川通子/ビデオ撮影:小川通子/2013-10-12