馮艶(フォン・イェン) 監督インタビュー
ひとりの人間を見てほしい
Q: まず秉愛(ビンアイ)さんを映画に撮ることにしたきっかけを教えてください。
FY: 三峡ダムによる移住という大きなテーマで撮影をしている間に、私が一番興味を持ったのは、具体的な個人がそういう生活に大きな変化が起こる時に、どういう選択をするのかという点でした。そこで4人の女性に絞って、作品を作ることにしたのですが、秉愛はその中のひとりでした。国が水没する地域への投資を抑制していたため、三峡地域は中国の中でも特に貧困な地域です。多くの人は都市への移住によって、自分たちの生活が豊かになると考えていました。秉愛はその中でとても特殊な存在でした。ちゃんと自分の耕す土地に立っていて、自分の考えを持っている、都会と農村の違いについて考えている。私の知っている限りでは、こんな人はいませんでした。だからその秉愛がどういうふうに生まれて、何を今まで経験して、どうやってこの決定をしたのかということを、知りたかったのです。私は彼女から、ひとつの目覚めのようなものを感じました。意識的に自分の人生を、自分なりに考えて決めていくのは、流されたくないという思いがあるから。そういう人にあまり出会ったことがなかったから、彼女に惹かれました。
Q: 秉愛さんが家族のために生きる姿が、とても印象に残ったのですが、彼女の姿を通して、ひとりの女性として生きる幸せというのは、どのようなものだと感じましたか?
FY: 女性として彼女は、自分は幸せではないと言っています。彼女にとって今は、子どもたちの幸せが幸せですね。そういう点から見ると、彼女はとても伝統的だけれど、そのような伝統的なモラルを守る一方で、自分なりに全うしようとする人生がある。一所懸命、自分の運命は自分で決めようとするところに、私は惹かれたのです。
生活というものはとても些細なことで成り立っているので、一言では幸せかどうかは言えません。毎日の生活に追われている中で、ただ女性の幸せとは何か論じることは難しいと思います。
Q: ラストシーンが現在の秉愛さんの姿を使わず、テロップのみだったのはなぜですか?
FY: 彼女の存在が私にとっては一種の慰めのようなものでした。あの地域は、お金のために簡単に移住していく人が多くいました。でも秉愛は自分の未来を自分の手で決めて、自分の置かれている立場、将来、心、魂について自分なりに考えている。そのことが一種の農民の意識の目覚めだと私は感じたのですね。最後に証拠写真のように、現在の彼女の住むテントで終わるのは、軽々しいことのように思えたのです。こういう人物がいて、どういう歴史的背景のもと、生きてきたのかというところを、もっと知ってほしかったのです。ひとつの事件の始まりと終わりを追跡した映画にしたくなかったのです。現在の様子を撮ることは簡単にできます。しかし最後に、秉愛が現在暮らすボロボロのテントを見せてしまったら、この作品はひとつの事件を追っているだけで終わってしまう。記録者気どりになりたくなかったのです。農民と幹部とのやり取りというのは日常茶飯事です。だからその幹部と農民の衝突が起こっているからどうのこうのと私は言いたいのではない。この作品では秉愛という人物を見てほしいのです。
(採録・構成:広谷基子)
インタビュアー:広谷基子、華春、久保田桂子/通訳:なし
写真撮影:久保田桂子/ビデオ撮影:園部真実子/2007-10-05