河瀬直美 監督インタビュー
乳房のクローズアップは、お乳を飲む赤ちゃんの目線
Q: カタログの監督の言葉に、子どもの誕生を描くつもりが“命”の繋がりを考える上で“母”との繋がりも抜きでは考えられないと思った、と言うような部分がありましたが?
KN: 素材のようなモノがあり、それをどう作品に昇華させていくかという中で、どういうような物語を作るかを日常から見つめていきます。その時に、新しい命を授かったらそれまであった命の繋がり、つまりおばあちゃんの命が絶たれるのではないかと考えてしまい、自然とおばあちゃんにカメラを向けていきました。
今まで、一番の繋がりだったその人の“死”を考えるということは、「何て冷たい人間なんだ」と自分に対する不信感みたいなものへ繋がり、自身を見つめることになりました。あのようにおばあちゃんと喧嘩をすることもなくなることは恐い、喧嘩は辛いことだけど、“死”や“無”のほうが恐いわけです。喧嘩もたくさんある日常のひとこまと考えています。でも見た人が受ける印象は、すごくアグレッシブというかファイティングな印象になると思います。そこに物語性を持たせました。喧嘩をして仲直りをする……おばあちゃんが手紙を書いて、「また明日ね」となっていくという。喧嘩のシーンだけが、その日常ではなく物語が構成されていく中でのひとこまだと考えています。
それを淡々と描く中で、やがて来る命の誕生のリアルなシーンを映し出すと言うことで、不安とか死を受け止めていく自分がいるというか……。胎盤を食べるとかヘソの緒を切るところを自分でカメラで撮るということは、私自身の生命の力強さを表現することになり、私が生まれた役割がここにあったと思いました。
Q: おばあさんの体の一部のアップが多いように思いました、どういったことを表現されているのですか?
KN: あまり意識してはいないけど、『垂乳女』での乳房のアップは、お乳を飲んでいる赤ん坊の目線だったかもしれません。子どもって一点に集中するじゃないですか、あの感じかなぁと思います。
Q: 監督の作品には、逆光や太陽光のキラキラしている画が多いように思います、光の画を使う意味は?
KN: 光を捉えたいと思ったのは、一番最初に8mmカメラを手にした時です。ビデオと違い、8mmは露出とピントを合わせないと、あんな光は撮れません。そこに魅力を感じました。それと私は部屋に光が射し込んでいたり、それが赤い夕暮れの光だったりとすると、とても気持ちが落ち着き、その光の中にいたいと感じます。カメラを手にした時、それを捉えたいというように変わっていきました。朝日より夕日の光のほうが、暮れていく雰囲気が物悲しいけど、美しく感じます。
Q: 監督の作品では時間軸を変えている作品は初めてですが?
KN: そうですね、それはプロデューサーのルチアーノ・リゴリーニとの出会いの中で、ドキュメンタリーでも構成していくという要素が入ってきたんだと思います。
Q: 出産されたことで撮り方が変わったようなことはありますか?
KN: たぶん、考え方の部分で変わったと思います。ひとつの物事には違う側面があるということに気づいたので、そういう物の考え方の中で撮り方も変わっていくかもしれないです。今はまだ、はっきりとは自分ではわかりませんが、今後の作品を積み重ねていって、振り返った時に自分でも感じるのかなぁと思います。
(採録・構成:楠瀬かおり)
インタビュアー:楠瀬かおり、山本昭子
写真撮影:佐藤寛朗/ビデオ撮影:佐藤寛朗/2007-10-08