モハマド・シルワーニ 監督インタビュー
イランの明日には希望がある
Q: 主人公のミール・ガンバールを知ったきっかけと、作品を作ろうと思った経緯について教えてください。
MS: 私の住んでいるテヘランから、彼の住んでいる村までは、何百キロも離れているので、彼のことは知らなかったのですが、友だちから紹介してもらい知りました。彼は、大統領に立候補しているというより、イランで最も年老いた大学生として有名だったんです。そして、彼に実際に会って話をしてみると、大きな希望を持っている人でした。
Q: 映画の撮影や構成のスタイルが独特だと感じたのですが。
MS: ドキュメンタリー映画というのは、事実をそのまま映し、手を加えないというイメージがあるでしょうが、私はひとりのアーティストとして、よりよい映像にするためなら、手を加えたほうが良いと思っています。実は、私はただカメラを回して、事実をそのまま映すだけの映像には同意できないんです。冒頭の、われわれ撮影スタッフと彼らがもめてるシーンは、実際はミール・ガンバールともめたのではなく、友人のセイフォッラーが問題を起こしたのですが、ミール・ガンバールへのメッセージとしてこのシーンを冒頭に入れました。私たちは、決してあなたを悪用する気はないですという意味のメッセージです。
Q: 選挙には、2,500人もの人が立候補したそうですが、これだけの人が選挙活動するのはなぜなのでしょう?
MS: まずこの映画は、イラン国民が自由というか、デモクラシー(民主主義)を求めている欲望を表しています。イランの一人ひとりの国民は、何らかの形で選挙に参加したいと思ってます。イラン革命以来、国民にとって選挙に参加することが自分の運命を決める道なのかもしれません。この映画の中では、国民それぞれの努力の結果は示していません。未来で出るかもしれません。今、ミール・ガンバールが「沈黙よりも無駄な努力のほうが良い」と、よく言っていたのを思い出しました。
Q: 日本は、若者が政治に関心がなく、投票率も低い。それに関してどう思いますか?
MS: 私が思うに、イランの人々は他の国よりも政治に対して関心を持っていると思います。不満があれば何とかしようという関心があり、10歳の子どもでも政治に関心があるという状態です。イランでは長年の間、革命や戦争があり、政治の基礎がないのです。日本は政治の基礎ができているから、人々が関心をもたなくても、新しい人がトップになっても、基礎の枠の中で政治を行うことができるのです。イランの人々は、明日がわからない状態なんです。だがそれは、逆に明日には希望をもてるといういい面としてとらえることができます。
Q: 映画の最後で、ミール・ガンバールの奥さんとの幸せなシーンの後に、またひとりで歩いているシーンが出てきて、そのギャップがとても心に残りました。
MS: 映画の終わりかたには、ふたつの種類があると思います。ひとつは、とても感情的でみんなが燃えてくるもの。もうひとつは、果物でいうと、ゆっくりと熟していくのを感じさせるようなフィナーレです。ペルシャ語のことわざに、「燃えているものはいつか冷めてしまうけど、熟しているものは生に戻らない」というのがあります。ですから、見ている人が熟すような感情を持ってほしかった。燃えるだけでは物足りないんです。私は100%ハッピーエンドの映画はあまり好みません。人生をコーヒーにたとえると、コーヒーはいくら砂糖を入れても苦味があります。どんなに甘くしても必ず苦いところがある、ということを訴えたかったんです。
(採録・構成:丹野絵美)
インタビュアー:丹野絵美、菅原大輔/通訳:高田フルーグ
写真撮影:佐藤朱理/ビデオ撮影:山口実果/ 2005-10-09