ピルヨ・ホンカサロ 監督インタビュー
敵に対する憎しみはなぜ育まれるのか
Q: なぜチェチェン戦争を取り上げたのですか?
PH: チェチェン戦争については、ロシアが実際に起きているすべての情報を自国内に閉じ込めてしまい、事実ではないとしはじめました。チェチェン戦争は、非常に隠されてしまっているのです。それに対してヨーロッパは、石油の需要をロシアに頼っているために見て見ぬふりをしています。ヨーロッパの国々は、あの地で起きている人権侵害を、ロシア内部の問題と片付けています。誰も人権のために闘おうとはしません。私はフィルムメーカーとして、それを知りながら何もしないことは我慢できませんでした。ただ現実問題として、私の国フィンランドも、ロシアと1,200キロも国境が接しているにもかかわらず、一般の人たちまでが、やはり石油の需要、ビジネス、物流などの関係があって、目を閉ざしてしまっています。この映画はいわゆる政治的な映画ではありませんが、私は、チェチェン戦争について取り扱う必要を強く感じていました。
Q: 子どもたちに焦点をあてた理由は?
PH: 子どもの心は無垢です。この映画では、“敵に対する憎しみ”を描いています。これは、チェチェンに限ったことではありません。人間は、心に憎しみを持って生まれてはこない。それでは、どうして敵を憎む心が育まれるのでしょうか。私は、憎しみが増殖するメカニズムを知っているわけではありませんが、それでも、その過程の現象をこの映画に表したつもりです。映画を通して、なぜ憎しみが増殖していくのか、どうしてそうなってしまうのかを感じてもらえるのではないでしょうか。映画をご覧になってもわかるように、ロシアの子どももチェチェンの子どもも同じ子どもです。どうして彼らが敵にならなくてはならないのでしょう。それでも、あの子どもたちが最終的に殺し合って、すべてが終わるということもあり得るわけです。
Q: タイトルの意味を教えてください。
PH:“部屋”はロシア、チェチェン、イングーシ、それぞれの子どもたちの心の状態を表しています。古いスタイルの作り方ではなく、音楽で言えば交響曲のようなものです。それぞれがひとつの曲であり、すべてを通して完成した音楽として受け取って頂ければよいと思います。
Q: 作品の中に何度も出てくる子どもの寝顔が印象的でした。
PH: 私にとって寝顔は重要です。人は眠っている時は皆同じく純粋で平和ですが、目覚めたらそれぞれ違う世界にいるのです。ロシアの子どもはせかされて起き、チェチェンの子どもは優しく起こされて。そこから世界が始まっているのです。
ロシアのあの士官学校を選んだ理由には、非常に閉ざされた空間にあったということがあります。学校自体が小さな島にあり、全寮制で、7年間もいれば洗脳されやすいことでしょうね。
Q: 大人たちの憎しみが、子どもたちの心にも増殖していく、この悪い連鎖に終わりはあるのでしょうか?
PH: 私が希望を感じたのは、映画で登場する女性、チェチェンの廃墟となった町で、子どもを保護して回っているハディザットが、この映画を見て「ロシアの子どもも私の子どもにしたいわ」と言っていたことです。父親や母親が持つような愛情や慈悲は、憎しみの連鎖を断ち切れるかもしれない、誰かが奇跡を起こしてくれるのではないかと思うのです。
(採録・構成:柏崎まゆみ)
インタビュアー:柏崎まゆみ、奥山奏子/通訳:斉藤新子
写真撮影:佐久間春美/ビデオ撮影:斎藤健太/ 2005-10-11