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YIDFF 2003 第18回国民文化祭・やまがた2003 ドキュメンタリー映画フェスティバル
ニュータウン物語
本田孝義 監督インタビュー

“人の話”をちゃんと聞きたい


Q: 『ニュータウン物語』を制作したきっかけは?

HT: 1997年に神戸連続児童殺傷事件があって、TVのニュースに映し出された風景が僕が住んでいた街に似ていたのが凄く印象に残っていたんです。しばらくするとニュータウンのゆがみが事件の背景だと盛んに報道されて、確かに95%は当たっているなと思ったんですが、どうしても最後の5%が納得いかない。じゃあニュータウンってどういう所なんだって考えてみたいと思って、自分が育った山陽団地で撮影を始めたんです。

Q: 人の話を細切れにして編集してはいませんね。

HT: 人が話す時、詰まりながらだったり、ポイントからずれたりするところが膨大に含まれてると思いますが、そういうことも含めて「人の話」だと思うんです。それをTVなどの場合、「こういうコメントが欲しい」ということだけで切っている印象が凄く強くて、もっとちゃんと人の話を聞きたいって思ってしまうんですよ。自分で作品を作るときには、その人の話をちゃんと聞けたな、と納得できるものにしたいとは思っています。

 TVニュースがよくやっていることですが、例えば人が話しているショットにいきなり眼のアップとか手のアップが入るんですよ。やたらこの3年くらいそういうのが増えたなって印象があって、「編集している人は何を考えているんだろう?」って思うんです。僕は全然必然性を感じないですね。そうしないとチャンネルを変えられてしまうって思うんでしょうけど。

 僕の場合は皆で集まって暗い所で見るということを想定しているので、インサートを入れたり、頻繁にカットを変えたりということはしたくない。スクリーンで見たときに、そういう細かい編集は非常にせせこましいというか、慌ただしい印象があるんです。

Q: ビデオカメラは意識しなくても音も同時に録れてしまいますね。

HT: それがフィルムとの一番大きな違いだと思っているんです。小川プロの作品も土本典昭監督の作品もそうですが、あのころの作品は今見ても音が良い・耳が良いって凄く感じるんですね。それは音の質が飛び抜けて良いということではなくて、カメラとマイクが非常に良い形で絡み合っている印象が凄くあるんです。例えば、これは聞いた話ですが、小川プロのカメラマンである田村(正毅)さんは、録音技師の録った音をイヤホンで聴きながらカメラを回していたそうです。その辺の関係は実に凄いなと思うんです。作品の音が良い・画が良いっていうのは個々独立したものではなくて、お互いの関係の中で作品として成立している、その豊かさだと思うんですね。最近なかなかそういう作品には出会いませんね。

Q: DVは一人でも撮影できてしまう分だけ、逆にカメラに振り回されてしまうところもあると思いますが?

HT: それはありましたね。DVカメラは、かさばらない・気にならないものだから、「馴れ馴れしくなる」のが簡単なんですね。僕は「馴れ馴れしい」って言うんです、「親密」じゃなくて。それは初対面の人に会って、お互いのことをよく知らなくてもいきなり握手をしてしまうような、そういう感じに近い。それは良いところでもあるし、その良さを最大限生かしている作品もたくさんあると思いますが、僕はある面「怖い」と感じることが多いんです。今回僕はそういう「馴れ馴れしい」撮り方はせず、撮る時から節度ある距離感を保とうと思っていました。

(採録・構成:加藤孝信)

インタビュアー:加藤孝信、佐藤寛朗
写真撮影:佐藤寛朗/ビデオ撮影:加藤孝信/ 2003-09-26 東京にて