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YIDFF 2003 アジア千波万波
ハーラの老人
マーヴァシュ・シェイホルエスラーミ 監督インタビュー

シンプルで、そして豊かに生きるということ


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Q: この作品を撮ることになったいきさつを教えてください。

MS: 以前、別の映画のロケで、島(『ハーラの老人』の舞台となったキシム島)に行ったことがあって、いつかこの島で作品を撮りたい、と思っていました。その後改めて島を訪れて、その時は予算もなく、何が撮りたいのか自分でもよくわからないまま、何か作品を作るきっかけが掴めないかと、色々と探してみたのですが、このままでは、自分がイメージしていたドキュメンタリーは作れないと思い、帰ることにしました。それからしばらくして、もう一度島へ行きました。そこでハーラ(海水で育つ樹木)の森を見つけ、その場所でロケをするということに魅力を感じたのですが、きっかけがなかなか見つからなかった。そこで私は小さい舟を借りて、海のほうへ行ってみようと思い、ガイドと一緒に乗って行きました。すると、まるでこの映画のオープニングと同じような光景が、そこにあったのです。その後、あの映画に出てくる老人に出会うのです。

Q: 老人とのコミュニケーションは、どのように行われたのでしょうか。

MS: 彼に出会い、その後6カ月間何度も彼の家に足を運び、信頼関係を築いていきました。私たちが真剣に彼の生活を撮りたい、ということを彼は理解してくれ、一緒に仕事をすることになったのです。

Q: 自然を愛し、信頼して生きている老人の姿は、イランの人々にとって、一般的なことなのでしょうか。

MS: 残念ながら、一般的ではありません。イランも他国と同様、特に若い世代は、自然に無関心になってきています。私は小さい頃から植物を育てたりと、自然がとても好きでした。彼も周りの自然や環境にとても気を使っていて、彼が口癖のように言っていたのは、最近魚を異常なまでに大量に獲る人が多いということ。海の中の物はみんなの物であるから、みんなで分け合えばいいのに、と。今の人間は欲張りで沢山(魚を)獲っても分け合わない、ということに胸を痛めているようでした。

Q: 他にも、島にはあの老人のような生活をしている人はいたのでしょうか。

MS: 漁師の人は沢山いましたが、彼のように海を心から愛し、そこにいるだけで満足している人はいなかった。だから、彼は特別な存在であったし、映画にもなったのです。

Q: 静かな映像の中にも、自然音の存在感を強く感じたのですが。

MS: 彼が住んでいた所は実際、とても静かな所で、余計な音が何もなかった。私は台詞もナレーションも使いたくなかったし、彼と同じ自然の音を聞いて、我々もそこにいるような感覚を持たせたかったのです。

Q: この作品を撮ったことで、監督ご自身に及んだ影響とは?

MS: もっと人間らしく生活するということ。今の私たちは欲張りで、何を手に入れても、もっと欲しい、もっと欲しい、と朝から晩まで走り回り、自らの人生を、そのことで複雑にしてしまっている。しかし彼の生活を見ていると、本当にシンプルで、本来人間は、こういった生き方ではなかったか、と思わせるものがあった。シンプルで豊かに生きるということ。彼の生活を目の当たりにしたことで、本で読む哲学とはまた違った、本当の哲学というものに、触ったような気がするのです。

(採録・構成:林下沙代)

インタビュアー:林下沙代、遠藤奈緒/通訳:ショーレ・ゴルパリアン
写真撮影:山崎亮/ビデオ撮影:園部真実子/2003-10-15