飯塚俊男 監督インタビュー
岡村喬生の人生を撮る
Q: 映画を観て、初めて岡村さんの活動を知り、とても感銘を受けました。岡村さんを撮ろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
IT: 岡村さんをテレビで見かけたことはあったのですが、僕はインディーズの映画監督なので、縁のない人だと思っていました。ところが、大中恩さん(作曲家)の伝記映像の制作に参加した際、岡村さんが出演していて、そのとき知り合いました。岡村さんは『蝶々夫人』で描かれている実際と異なる日本文化の表現を、正しい日本文化の表現にしようという活動をしていました。それを聞いて僕は、岡村さんに興味が湧きました。「しっかりとした信念がある人だから、映画にすると面白いものが作れるだろう」と思いはじめたのもその時です。その活動には多額のお金が必要でした。はじめの予算は1億5,000万円。それをなんとか半分に減らしたり、寄付金を集めたり、岡村さん自身もいくらか負担して、やっとイタリアに行けることになりました。「それなら僕らもついて行って映像化しよう」と、この映画を作りました。
Q: 岡村さんの人生と、プッチーニに挑む岡村さんの活動の、どちらを主題にして撮られていたのですか?
IT: 岡村さんの人生を撮ろう、というのがテーマでした。実は、この映画とNHKの番組を両方同時に作っていたんです。NHKの番組の主役は蝶々役と鈴木役の女性たちで、この映画の主役は岡村さん、とはっきり分けて撮影していました。テレビ番組と映画では視聴者が違うため、テレビ番組はオペラをまったく知らない人でもわかりやすいように、映画は観に来た人がオペラを巡る世界に浸り、楽しめるように作っています。
Q: 撮影も大変だったのではないでしょうか?
IT: はい。予算がなかったので、5人のスタッフでイタリアに行きました。はじめは、2週間滞在する予定でしたが、焦点をあてていた鈴木役の人が、舞台に出られないかもしれないという事件が起こり、滞在期間を延長しなければなりませんでした。3回の公演のなかで、なんとか3回目だけ出演できることになったので、僕とカメラマンのふたりが残り、撮影しました。その次の日は、休日でチケットが高かったため、更に2日経ってから帰ることになり、映画の冒頭に流れていた映像は、その時に撮ったものです。
Q: 監督が伝えたかったことは岡村さんの活動ですか?
IT: そうです。ドキュメンタリー映画は監督が編集することが多いですが、今回は鍋島惇さんにお願いしました。鍋島さんの「編集の務めは、観客が楽しみ、心地よくなるように作ることだ」という言葉に共感したんです。より多くの人に見てもらうには、“編集でどれだけ工夫できるか”が重要です。僕は岡村さんの生き方に惚れ込んで、それをずっと撮ってきました。しかし岡村さんは歌手です。「本当にすごい歌手なら、その歌を聴かせるべき」という鍋島さんの意見から、映画の最後に岡村さんが歌っている映像を使いました。岡村さんは今年、82歳です。それでも、歌はまったく衰えません。次回作はまだ決まっていませんが、機会があれば、更にもうひと工夫して岡村さんを撮りたいと思っています。
(採録・構成:山田琴音)
インタビュアー:山田琴音、鈴木規子
写真撮影:宇野由希子/ビデオ撮影:宇野由希子/2013-10-15