岡崎孝 監督インタビュー
人以外を撮り続けた結果、見えてきたのは震災と向き合う人だった
Q: 冒頭に「この作品には現地の生々しい映像や、被災者、ボランティアの人間ドラマはいっさい登場しません」というテロップが出るとおり、作品には人が登場しませんでしたが、どういう意図があったのですか?
OT: 本来、ドキュメンタリー映画の主役は人であると思っています。しかし今回に限って言えば、東日本大震災が残した傷跡があまりにも深いので、短期間で被災者と対等な立場になって撮影することが、できないと思いました。撮影対象者と対等な関係を築くことができないで、安易なドキュメンタリー映画は撮りたくはありませんでした。
Q: なぜ看板や張り紙による映像や、テロップによる説明で、震災後に起こった事象を解き明かそうとしたのですか?
OT: 私は、第一回の山形国際ドキュメンタリー映画祭からこの映画祭に関わり、今まで「ドキュメンタリーとは何か」ということを問い続けてきましたが、まだ答えは出ていません。料理にたとえるとしたら、テレビのドキュメンタリー番組は、とても食べやすい料理です。決まった食べ方があり、結論まで用意されています。一方ドキュメンタリー映画は、簡単な下ごしらえをしているだけで、食べ方は自由です。ですから、感じ方も人それぞれに違います。ありのままを映し出した看板や張り紙から何を感じるかは、鑑賞者に委ねます。自らが結論を探すことが、この映画祭の醍醐味だと思います。
Q: 初作品ということですが、何か感じたことはありますか?
OT: 1989年の第一回の映画祭の頃は、フィルムが全盛の時代でした。それから、ビデオが普及して、誰でも簡単に作品を作ることができるようになりました。私もそうです。今回は、家庭用のビデオカメラを使って撮影しました。しかし便利になったのと裏腹に、非常に恐ろしく感じるところがあります。簡単に撮れた映像が、映画になるなんて考えもしなかったからです。誰でも映画を撮るとこができるようになってからは、どこか違和感があります。
Q: この作品には、大きな被害を受けた東北三県ではない、山形だからこそ見ることができる映像があったと思いますが、それは何でしたか?
OT: 買いだめをしたり、我先にとガソリンスタンドに並んでしまう山形の人たちは、もしかしたら悪人に思えてしまうかもしれませんが、実は山形も被災地なのです。買いだめをする一方で、支援する側でもあり、微妙な立ち位置にいます。人間はいろいろな面があります。善人であり、悪人であり、無関心であったりもします。避難所の張り紙を見ても分かるように、それぞれの場所でコミュニティが生まれていたり、悪い人が出てきたりと、そこには人間社会の縮図を見ることができました。
Q: 映画の中では、私たちが“できなかったこと”の方がどうしても目立っていたと思うのですが、監督自身が“できたこと”とはなんだったのでしょう?
OT: 私のように買いだめをしてしまったりする、時々無関心な人、ちょっとだけ善人の人が、この映画を見て、些細なことであったとしても、行動するきっかけになればいいと思っています。そのきっかけになるような映画を作ることができたことが、私にできたことです。
(採録・構成:岡達也)
インタビュアー:岡達也、大石百音
写真撮影:大石百音/ビデオ撮影:高橋佑吏/2011-09-26 山形にて