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YIDFF 2005 日本に生きるということ――境界からの視線
北朝鮮の夏休み
任書剣(にん・しょけん)監督インタビュー

ひとりでも多くの人と話す旅


Q: 北朝鮮に行くきっかけは何だったんですか?

RS: 日本に来る前は、私は北朝鮮に対して良いイメージを持っていたんですよ。子ども時代、映画で見た平壌の街は、中国より進んでいると思っていたぐらいで。日本に来てから、拉致事件とか経済危機とか、特にブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言があって、今までの認識と全然違うじゃないかと思った。その時ちょうど、大学院の修士課程の作品制作をしようとしていて、自分が北朝鮮に行けば、何か作れるんじゃないかと思ったんです。

Q: 入国するのが大変だと聞いていますが、どういう方法を採ったのですか?

RS: 最初は家族訪問のビザを取って、1週間ほど滞在して撮影しようと思ったんですが、全然返事が無くて。これでは制作に間に合わないと思っていた時に、新華社通信の友だちから、吉林省延吉の朝鮮族自治区から、1泊2日のバスツアーが出ているよ、と教えられて。延吉は住民の48%が朝鮮族で、どんな看板も中国語とハングルで書いてある。米を持って北朝鮮の親戚に行くとか、逆に北朝鮮の親戚が、中古のテレビや冷蔵庫を買って帰ることが普通にあるんです。当時は旅行者が自分で作れるような紙に印鑑を押して持って行けば、簡単にツアーに参加できた。今ではパスポートが必要になったみたいですが。

 私は完全に学生という立場で、勉強だと言って、しつこく思われても、できるだけたくさんの人と話をすることに決めました。お酒を飲んで、翌日になるとタバコを一緒に吸って、少しずつコミュニケーションを取る。北朝鮮の人ね、皆お酒とタバコ好きなんですよ、特にタバコ。1本渡すだけで、色々話ができるんです。

Q: 「将軍様」を崇拝する発言は、カメラの前だからするのですか?

RS: 北朝鮮では神様は存在しません。存在するのは将軍様だけ。だからカメラが無くても、18歳の女の子が「アイドルは金正日将軍です」と自然に言っている。でもそういう状況を、私はすごく理解できるんです。中国でも文革の頃、毛沢東はそうでしたから。私が幼稚園の頃も、外国人が見学に来る前の日は、先生に「明日はきれいな衣装を着て来い」と言われました。お客さんには良いところだけを見せたいんですね。多分、どんな国でもそういう時代はあると思うんです。日本では「洗脳」という言葉になるかもしれないけれど、それ以外のことは考えられなかった。私はそういうふうに理解しています。

 今、北朝鮮にとって重要なのは、80年代中国の改革開放みたいなことだと思います。「こういう生き方以外、たくさんの選択があるんだよ」ということを、普通の庶民に教えないと。今「あなたの考えは間違いだ」という話をするのは良くない。彼らが少しずつ認識しない限り、外部の勢力がいくら批判しても、結局はトラブルになるんです。

Q: 最初から日本人に見せることを意識して作ったのですか?

RS: あまり誰に対して、という意識はありません。ただし今の私の立場は、日本で生活している外国人で、日本人に見えない風景が私には見える。そういう微妙な立場にいてこそ、今まで作られたことの無いテーマがたくさん残っているとは思います。今回、日本の友人たちに編集の協力を頼んだんですが、北朝鮮のおじさんが「日本人は世の中で一番ずるい民族だ」って言うシーンがあるでしょう? 私は「そうじゃないんですよ」という意味で使ったのですが、編集中、彼らの表情はずっと複雑でした。このことは忘れられないと思っています。

(採録・構成:佐藤寛朗)

インタビュアー:佐藤寛朗、橋浦太一
写真撮影:橋浦太一/ビデオ撮影:加藤孝信/ 2005-10-03 東京にて