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歌舞伎役者 片岡仁左衛門 登仙の巻
Kabuki Actor Nizaemon −The Chapter of Tosen

日本/1994年/日本語/カラー/16ミリ/158分

監督:羽田澄子
撮影:西尾清、宗田喜久松、佐藤和人 
録音:滝澤修 製作:工藤充
製作会社・提供:自由工房
〒150-0036東京都渋谷区南平台町15-1
Phone: 03-3463-7543
Fax: 03-3496-4295


羽田澄子
Haneda Sumiko


記録映画監督。1926年旧満州、大連生まれ。1950年岩波映画製作所に入社。「岩波写 真文庫」の取材と編集の後、1953年より演出助手や脚本でPR映画製作に携わる。1957年、初監督作『村の婦人学級』以降、在社中に、教育・文化・自然界に取材した作品を80本余り発表する。1977年、樹齢約1400年の桜の樹にまつわる物語を語った『薄墨の桜』を自主製作で発表し高く評価される。岩波映画製作所を1981年に退社、以後フリーとなる。代表作に『早池峰の賦』(1982)、『AKIKO─あるダンサーの肖像─』(1985)など。近年は特に“老い”をテーマに『痴呆性老人の世界』(1986)など秀作を発表。1994年、先代の片岡仁左衛門の晩年を追い続け、6部作の大作『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』を完成させた。今年、最新作として『住民が選択した町の福祉』(1996)の続編『問題はこれからです』を完成。

昭和を代表する歌舞伎役者の一人、13代目片岡仁左衛門(1903〜1994)。その最高の当たり役『菅原伝授手習鑑』の舞台に取材した『菅丞相・片岡仁左衛門』(1982)以来、この稀代の名優の晩年を追うことは、記録映画作家羽田澄子のライフワークとなった。1994年に6部作14時間に及ぶ記念碑的大作『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』を完成。その完結編であるこの映画は、「登仙の巻」。登仙とは仙人になって天にのぼることを意味し、宋の詩からとった言葉。羽田監督は名優の老いを、その最後の舞台まで見つめる。だがその実は視力を失い、体の自由も徐々に効かなくなり、舞台袖に向かうにも介添えに支えられなくてはならないのだ。しかしいったん舞台の音がその耳に入ると、その身体に神が宿る。

【審査員のことば】
人間はアクティブな生き物だ。無限の発展を夢見て、自らを制することができない。なぜかすべてのことを前進させるという流れの中に生きている。その流れは加速されるばかりで抑制する力を働かせることができない。人間はこれからどんな運命をたどるのか、無限の発展がありうるのか、不安な思いに捉われる。しかし幸い人間は生き物で、その生命には限りがある。貧欲な人間だが死の世界の情報は手に入れることができない。それだけにエネルギーは生きることに集中し、善悪も含めて、すべてのことが拡大再生産されていく。人間はこれからどうなるのか。謎に満ちた生き物である自分自身を追求することにも人間は貧欲である。そういう自らを表現しようとする行為が芸術を生み出す。
ひとことで言えば、こんな感慨が私の思いの根底にある。そんな私の思いを表現する魅力的な手段として映画が存在する。
技術の進歩によって、映像は誰でも手軽に入手できるものになり、多様な表現を可能にしてきている。こういう状況は映画を、ドラマ、ドキュメンタリーといった分野にわけて考えることを難しくする作品を産み出すことにもなると思う。映像芸術という視野で見れば、作家が選ぶ表現手段は自由である。分野に捉われない表現が生まれても不思議ではない。
要はその作家が何を考え、表現しようとしているか、多様な技術に溺れることなく、自らの主張を明確にすることではないだろうか。
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