ザイナブ・エンテザール 監督インタビュー
映画とタリバン
映画の製作状況についてお伺いします。撮影はカーブルですか。
はい、カーブルです。
カメラは何台使いましたか。
最初はブラックマジックというカメラを使っていましたが、移動が難しくなったので、自分のスマートフォンで撮影するようになりました。カメラを持って歩くと、タリバンに撮影していることがバレてしまい大変なことになりますから。その後、外の取材のときは隠し持っていたスマホを使いました。デモの様子とか、外の映像はすべて私のスマホで撮影しました。
ラシュミンさんとの出会いについて教えてください。
最初は私もデモに参加していました。すでに撮影していましたが、そこで顔見知りになった人が何人かいました。当時はラシュミンが主役になるとは思ってもみませんでした。14名ほどの人に取材をしていましたが、編集してみたらラシュミンの映像が結構多いことに気づきました。それで彼女がだんだん主役のようになっていきました。ところが、ラシュミンはお父さんの反対があったりして問題が多く、最初は乗り気ではありませんでした。でも、信頼関係が少しずつできて、受け入れてくれるようになりました。撮影に子どもを連れて行ったときなど、ラシュミンのお母さんが子どもの面倒をみてくれ、家族の一員のように扱ってもらいました。一方で、他の女性たちは次第に撮影を拒むようになり、姿を消していきました。
ラシュミンさんはいつも綺麗な服を着て、メイクもちゃんとして、上品な言葉を話し、スマホやパソコンを持っていて、高等教育も受けている。とても育ちのいい人ではないか、と思いました。ラシュミンさんはどういう家の人ですか。
デモに参加しているのは、みんな裕福な家庭の人たちです。なぜ彼女たちに注目するのかといえば、タリバンが来て貧しい人はさらに貧しくなり教育の機会が減ったとか、そういうことではなく、教育を受けた階級の人たちですらタリバンのために苦しんでいるところを見せたかったからです。
ラシュミンが実際に住んでいたのはお城のような守衛がいる広大な敷地の家でしたが、その家を出て、守衛が住んでいるような住宅に身を寄せていました。映画に映っているよりもずっとお金持ちです。彼女の両親も政治に詳しく、高学歴です。わざとこういうタイプの女性を選びました。
映画の冒頭でラシュミンのお母さんが窓に近寄ることに恐怖を覚えると言います。家の守衛がタリバンに殺害されたからです。以来、お母さんは恐怖にさいなまれています。
それに関連して、ザイナブさんの作品は外部のない映画だと感じました。あまり外が映らず、男性がいなくて、女性だけが家の中に閉じ込められ、しかも家の中の一室に追い込まれているように見えます。これはザイナブさんの演出でしょうか、それともアフガニスタンの社会状況を反映しているのでしょうか。
まず男性についてお話しします。わざと男性を排除しました。女性が頑張っているのに男性が側にいない、守ってくれないことを見せたかったからです。ラシュミンのお父さんとお兄さんは少し映ります。でも、彼女たちが立ち上がったときも、彼らは反対していました。そのことを見せたかったのです。まったくサポートしてくれない、全男性がそうでした。それをわかってくれてうれしいです。
もう一つは家が監獄のような場所だということを見せたかったので、外のデモの映像はあまり使っていません。女性は家の中でさえできることはほとんどありませんから。彼女たちはただ何もせず家の中にいるだけ、ということをすごく見せたかったのです。それが伝われば、私は成功したことになるでしょう。
どこで映画の勉強をしましたか。
初めてシナリオを書いたのは8歳のときです。16歳のとき脚本を書いて短編を撮りました。でもカーブルでしか映画を学べないのでカーブルにある大学に進みました。2014年に短編を撮り、たくさん賞をいただきました。2024年に初の長編映画を撮りましたから、10年かかったことになります。16歳のとき、映画学校に行きたいと父に言ったら、「映画監督になったらおまえを殺す」と言われました。父は映画とか撮影のことは何も知らず、古い考えの持ち主です。映画の世界に入るのは売春婦になるようなものだと思い込んでいたからです。だから父には内緒で映画を撮っています。
この映画を撮るときにはもう結婚していましたから、夫に「お父さんには殺されなかったけどタリバンに殺されるかも」と言われました。でも父もタリバンも私を殺すことなどできなかったのだから、私は映画を作り続ける、と答えました。
タリバンが来たとき、医療やジャーナリズムに従事する女性など、あらゆる分野の女性が職場を離れざるを得ませんでした。私は父に殺すと脅されましたが、皆同じように大変な苦労をして現在の地位を勝ち取ったのに、それを全部タリバンに潰されてしまった。だから黙っているわけにはいかなかった。
タリバンのテレビが最後に出てきます。ラシュミンや他の女性が出てきて嘘の証言をさせられます。あれはどういうものですか。
ユーチューブからダウンロードした映像です。ラシュミンはふだん力強く、ハリのある大きな声で話します。でもタリバンのテレビでは、弱々しく、途切れがちに話しています。役者ではないので、そんな演技をするのは不可能です。映画人が見れば、あれが再現ではなく本物の映像だというのは一目瞭然です。
タリバンのテレビは、ザイナブさんの映像のリバースショットのように見えました。
私のカメラが映しているのは本物の女性で、タリバンのは弱々しい女性です。
タリバンがラシュミンさんを解放したのはなぜですか。
虚偽の証言の他に、今後一切デモに参加しないという誓約書に署名し、多額の保釈金を支払いました。
保釈金を支払い、合法的に国外に出たのですか。
その後、イランに逃れ、それからフランスに行きました。イランでも撮影しましたが、使いませんでした。ずっと監獄のような状況にいたのに、イランで自由に暮らしている様子を見せると、意味がなくなってしまいますからね。パリのデモは使いました。これは連続性がありますから。
映画の完成までにどのくらいかかりましたか。
2021年から24年まで、4年ぐらいかかりました。タリバンは2021年5月15日にアフガニスタンを掌握し、 同年5月17日にはデモが組織され参加しました。
ザイナブさんはいつアフガニスタンを出られたのですか。
2024年9月26日です。タリバン政権下で771日を過ごしました。次作で語っているのでそれをご覧ください。題名は『771』です。これ以上話すと山形に呼んでもらえなくなります(笑)。
ラシュミンさんの映画の次はザイナブさん自身の映画が見られるということですね。
私たち一人ひとりが皆主役です。
エンテザールさん、何をエンテザール(期待)していますか。(ペルシア語で質問、エンテザールは期待という意味)
オスカー(爆笑)。冗談です、アフガニスタンの平和です。
採録・構成:山本久美子
写真撮影:大下由美/通訳:ショーレ・ゴルパリアン/担当:佐藤寛朗/2025-10-12
