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YIDFF 2017 日本プログラム
かえりみち
大浦美蘭 監督インタビュー

家族のありのままを伝えることで、 被災者が送っている日常とみんなの日常がつながるように


Q: 映画の始まり、映像の断片と心臓の鼓動のような音は、久しぶりに家に向かう心境を追体験しているようでした。「被災者の心の内を伝えたかった」という本作品はどのように制作していったのでしょう? 音楽とのかかわりは最初から意識していましたか?

OM: 2015年の「ヤマガタ・ラフカット!」に出たときから映画にしようと思っていましたが、取材しながら構成や方向性も考えていく感じでした。地図を用意するというより、どこに行くかわからないけど、運転しながらとりあえず進んでいこうと。音楽の依頼は、2016年春頃だったでしょうか。大学の先輩、合田口洸くんと、話し合いながら作りました。映画の始まりの音は、音楽の最初の部分でもあります。彼は、これから自分の曲が始まる前触れを意識したと言っていました。音楽も映画の一部です。

Q: 「ヤマガタ・ラフカット!」に参加して、どうでしたか?

OM: ちょうど撮るのが辛い時期でしたが、初めていろいろな人の反応を見たことがのちに活きたと思います。私が参加した年は、観客と観客に紛れて参加している作り手が、まだ作品になっていない15分程度にまとめた粗削りな断片と併映される作品とを見比べ、議論する実験的なプログラムでした。海外の人から「プロパガンダ的には失敗している」と言われたのが印象的でした。その人には、震災に関する作品は、原発に対して反対という意見や衝撃の事実、かわいそうな事実を並べるもの、という考えがあったのかもしれません。「これ映っているの、普通の人じゃない」「笑っているし、あまりかわいそうだってわからない」と言われました。他にも、映しだされる視線の先に昔の住所が映っていたり、ゲートを通るときだけカメラが下を向いたりという、私の目線で撮った映像に対して「せつないものを感じた。テレビで観るようなドキュメンタリーでは、被災者の目線というのはなかなかない」という意見もありました。

 みんな、被災者か被災者じゃないかで線を引いて見ている。映っている私たちは、被災者側という区別をされてしまっていると思いました。映画の一番の目的は「観ている人が自分の物語にできるように」ということ。撮れなかったり、けらけら笑っているところだったりしても、それが自分たち家族のホントのことだと思ったらどんどん入れていこうと思いました。「ヤマガタ・ラフカット!」のあと、なんとなくグネグネ走っていたのがやっと軌道に乗ってきたと感じました。

Q: タイトルの『かえりみち』には、どんな思いが込められていますか?

OM: 制作の中頃には、タイトルが決まっていました。「帰り道」という言葉はありますが、願いを込めてわりと造語的に考えたので平仮名にしました。ひとつは「帰る道」という意味。一時帰宅や実家への帰省という、映っているそのものです。もうひとつは「土に還る」と書くときに使う、漢字の「還る」。まだ先が見えないこと、人は生まれた瞬間から死に向かって進んでいること、映画も始まった瞬間から終わりへと進んでいることを意識しました。他にも「かえりみる」「ふりかえる」などいろいろな意味が入っています。漢字で「帰り道」にしてしまうと、「一時帰宅のことなんだな」だけで終わってしまう。平仮名にすることで、観ている人にとっても自分の日常につなげられる余地が生まれるかなと考えました。

(構成:安部静香)

インタビュアー:安部静香、羽田愛理
写真撮影:高橋明日香/ビデオ撮影:高橋明日香/2017-09-26 仙台にて