王我(ワン・ウォ) 監督インタビュー
どんな形であれ、映画祭が存在しつづけていることに希望を感じる
Q: 今回の作品を作った経緯について教えていただけますか?
WW: 2014年、中国政府当局が北京インディペンデント映画祭を開催直前に強制的に中止にしました。この事件が発生した時、多くの人々が携帯などで撮影・録音をしていた素材を、映画祭を主催した映画基金に提供しようということになりました。そしてある程度の素材が集まった時、興味がある人は、それぞれで編集して自分の作品にしてみたらどうだろう、ということになったのです。私もドキュメンタリー監督のひとりですし、映画祭の中止は自分と関わりの深い出来事ですから、ぜひ作品を作るべきだと考えました。
Q: 当局が映画祭の開催を中止にしたその理由は何だと思われますか?
WW: まず、中国のインディペンデント映画というものは、政治体制の外にあると言えます。それは、より個人的なもの、より自由なもの、そしてそのなかには、社会的な責任を持っているものも含まれています。そうしたインディペンデント映画と、政府公認の映画祭で上映されるような、政府が認めている映画との間には、かなりの距離があります。それから、映画祭の主催である映画基金という団体も、政府にとっては憂うべき存在です。そして、多くの人が集まるということにも、政府は神経を尖らせています。このあたりに、当局が映画祭を中止にした理由があると思います。
Q: 映画のラスト、ソーシャルメディア上で、世界中の人たちに目を閉じた写真の投稿を呼びかけ、当局への抗議を訴えていますが、なぜこうした抗議の方法を選んだのでしょうか?
WW: 「閉幕式」を中国語で「ピーム―シー」と言います。「目を閉じる」という意味の「ピームー」とまった同じ音なんです。ですから、映画祭の中止によって閉幕式ができなかった。じゃあその代わりに、僕らが目を閉じて、閉幕式をやろうじゃないか、ということになったのです。目を閉じる、ということは映画が観られない、という意味も込めてあります。まさか、多くの人々が参加してくれるとは、思ってもいませんでした。
Q: 映画祭が中止になったことで、逆に得たものはありますか?
WW: 宋荘という芸術村が北京にありますが、映画監督や芸術家など、そこに住んでいる人たちは、互いに親密な交流を持っています。そして宋荘では、映画ではない芸術に携わっている人たちも、当局から圧力を受けています。たとえば、美術の展覧会なども、中止させられるということがよくあります。ですから、映画祭が中止になったとき、他の芸術家たちも、これは自分たちのことなのだと、主催者を助けようと動いてくれました。同様に、展覧会などが中止になれば、映画監督たちも、彼らを助けにいくことでしょう。
Q: 現在、北京インディペンデント映画祭は行われているのでしょうか?
WW: 今でも毎年、作品の募集は行っていて、作品選考もしています。そして、選ばれた作品の中から賞も与えています。小規模ではありますが毎週末、1作ずつ上映も行っています。しかし、映画祭としての重要な役割である交流の場は、失われてしまいました。他にも色々、失ってしまったものもあります。ただ、どういう形であれ、映画祭が存在しつづけているということに、希望を感じています。
(構成:大川晃弘)
インタビュアー:大川晃弘、野村征宏/通訳:中山大樹
写真撮影:楠瀬かおり/ビデオ撮影:楠瀬かおり/2017-10-10