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YIDFF 2017 アジア千波万波
このささいな父の存在
サリーム・ムラード 監督インタビュー

愛してくれた父のように、人を愛することが私のすべきこと


Q: カメラで撮影しながらお父さんの顔を触っているシーンがありましたが、そこではどういったことを表現していましたか?

SM: そこは私が一番好きな部分です。この前に、ある老人が私の顔を触るシーンがあります。それとは異なり、私が父の顔を触るシーンではお互いの距離が近く、愛を表現しています。触るか触らないかという気まずい空気を作るのではなく、私が愛している人を感じるシーンです。家族の中に問題がありながらもこのシーンによって愛を表現しています。

Q: 白く柔らかいシーンがあったのもその影響なのでしょうか?

SM: このシーンではカメラをふたつ使っています。そのうち私の持っていたほうのシャッターの明るさが高く設定されていたようで、本来意図していないことでした。ですが後から見たとき、ふたつのカメラが映しているものがまったく違う明るさで映されているのがとても良く感じました。またこの白い光が幸せな時間を演出しているようにも感じました。ふたりはすごく愛情のある内容を話していました。そのシーンを撮っていた時期は、恋人がいなくなってしまい落ち込んでいましたが、両親が言ってくれた言葉がとても気持ちを楽にしてくれました。

Q: 監督にとって父親とはなんですか?

SM: 父という言葉を聞くとすごく感情的になってしまいます。父は私にたくさんの愛をくれました。よく遊びに連れて行ってくれたり、映画に行ったりと、一緒にたくさんの時間を過ごしていました。たまに父の死を考えてしまうと、すごく悲しくなってしまいます。私の父への愛情は深いです。

 クリスチャンの伝統からして、父親には神様のイメージがあります。神様を祀る時も、神様を父として見ています。父の愛情を映しだすシーンでは、父が僕のことを愛していると言うと、この世界全部が僕のことを愛しているように感じました。今、私ができることは、私が愛している人たちに、私の父のように愛情を持って接するということです。私の経験上、父は偉大な存在でした。

Q: 撮影中、印象的なエピソードはありますか?

SM: 映画を通してたくさんの人と出会いました。血の繋がっていない叔父の子どもたちに会う機会があり、その中のひとりと友だちになって今も連絡を取り合っています。叔父と父は仲が悪かったので、この映画がなかったら知ることも、知ろうと努力することもなかったと思います。出会えて、今もいい関係を保てているのはこの映画を撮影したからだと思います。

 もうひとつ印象的だったエピソードがあります。お母さんが「家の中で大勢の人がダンスをしているパーティーの夢を見た」と言いました。その話を聞き、本当に家にたくさんの人を呼んでパーティーをしました。普段3人しか住んでない家に人が200人も来て、みんなでダンスをしてキスをしたり酔っぱらったりと、すごく楽しい空間になりました。そのシーンを撮影しているとき、これまでこんなことが起きたことも、これから起こることもないだろうと思い、自分も撮影を中断して一緒に踊りました。

(構成:松口悠)

インタビュアー:松口悠、高橋明日香/通訳:宋倫
写真撮影:永山桃/ビデオ撮影:中根若恵/2017-10-08